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救世主さん、さようなら!


先日から申し込んでいたdozen/Renへの探求サポートを、昨日のレッスンの時間に引き寄せた。
しかも、探求サポが終わってから、dozen/Ren とdozen/Ryu の二人とラブスピースの仲間3人でごはんを食べに行くというギフトまでセットで!
エッセンスがほしかったのは、「タイの話」「本の話」最近の調子などなど。
私は聞きたかったことが全て聞けたことが嬉しかった。
それ以上に、私の根幹に関わる不全についてのエッセンスがてんこ盛りだったことで、非常に大きな学びとなった。
この探求サポをこのタイミングでこの形で引き寄せたことには、本当におおきな意味があったと思う。
自分に、私のスピリットに、そしてdozenの二人に、高次に、仲間に、いっぱいいっぱい感謝をした。


☆ラブスピースとは→ http://lovespeace-ashram.seesaa.net/
☆エッセンスパートナーdozen/Ryuブログ→http://dragon-and-lotus.seesaa.net/
☆dozen/Renブログ→http://ryu-and-ren.seesaa.net/
☆dozenブログ→http://dozen.seesaa.net/

dozenにエッセンスを投じてもらいながら、最近の調子なども含め、話をすると、
私がじつは、いまとても危うい状態であることがわかった。
自覚がなかっただけに、びっくり。
特にやばかったのは、「眠る時に、呼吸に意識をもってくるだけで、ひとりでに変容が起こる」という状態。
ラブスピースのイニシエーションでは、dozen/Renが高次のパイプとなって、各人が自分の中に在るエナジーを増幅させ、
変容(自分の中のエナジーの状態が変化する状態)が起きるということがある。
私は、ここのところ、イニシエーションの度に変容をおこしていたし、その状態には、かなり慣れていた。
なので、家で瞑想やエナジーワークをしていた時に、軽い変容が起こった時も、さして驚くこともなく、
「そのうちこうして、勝手に変容するようになるのね」ぐらいに思い込んでいた。
これが、顕在意識の“思い込み”であり、自分の中の不全の巧みな誘いであることに、まるで気付いていなかった。
探求サポートで、「ひとりでに変容するのは、パワー(闇のエナジーを欲している)やで」と言われた時にも、びびったけれど、
このことの本質的な重大さには、じつは気付いていなかった。
それに気付いたのは、その後、dozenの二人が行った「タイ」の話を聞き、
家でこのサポートについての気付きと、その他のことについて、エッセンスパートナーであるdozen/Ryuにメールを書いている途中だった。
「救世主になろうとしている」。
私の中にがっしりと根付いているその不全(エゴ・闇)が、企てている本当の目的を直感的に認識した時に、愕然とした。

霊性を高めていけば、誰もがいずれ、dozen/Renと同じ道を通ることになる。
だからこそ、dozen/Renは、私たちの未来をゆく者、私たちにとっては、「内なる自己の具現」。
その事実の認識を、私は見事に履き違えていた。不全で体現しようとしていた。

私は、
「いずれdozen/Renのように、高次から直接アクセスを受けるようになるんだ」と思い、
そして、心の奥深く、目立たぬ物陰で、「人を救いたい!」と望んでいたのだ!!!
なんてこと!
びっくり仰天した。胸がドキドキした。恐かった。
そんなことを望んでいる自分が恐ろしくてたまらなかった。

「直ちにリセットするんじゃ!」
私は家の中でひとり叫んだ。
「愛をもって」と付け加えた。
Dozen/Renから、「不全を無理やり手放そうとすると、抵抗は激しくなる」とアドバイスを受けたところだった。
まずは、不全を持っていた自分を認めて赦し、気付けたことに感謝しよう。
そして、自分への愛で、その不全を溶かそう。

「本気でシンボルリーディングしよう!」と心の底から思い、コミットをした。
「今まで、さぼっていてごめんね」と自分に謝った。


この気付きに至るまで、今回の沖縄合宿に関連して、2度も私は「救世主」まがいの不全ゆえの行動をとっていた。
そのことを認めリセットしていたつもりで、それはつもりでしかなかったのだとこの時知った。
さらに、内観を深めていくと、無意識のうちに「救世主行動」を発動するのは、どうやら私の根深いクセであり、
私が今回の生で乗り越えるべき、大きな学びであることがわかってきたのだ。


探求サポートでも、リーディングしたほうがいいとアドバイスをもらっていた。
そもそも、「タイに行きたい・行こうと思っている」というところから、私は、神聖さとは真逆の道へと進もうとしていたのだ。

私が「タイに行こう」と思ったのは、一連のシンボルとの出会いがきっかけだった。
遡ること、約1ヶ月前ぐらい。
ある日、いつもの店でコーヒー豆を買おうと思って、小銭を出したら、そこに、なぜか外国のコインが紛れ込んでおり、女性の店員さんがそれを見つけて教えてくれ、私は突然のことにとても驚いた、という出来事があった。
最近、外国へ行ったこともなければ、行ったという人が身近にいたわけでもなく、なぜそのコインが私の財布に入っていたのか、心あたりは全くなかった。
すぐに、それが「スピリットからの合図」であることはわかった。
私のスピリットであるウライナは、「突飛な小道具」が大好きらしい(笑)。
ウライナは以前にも、私が心底びっくりした「こがねむし事件」をプレゼントしてくれた。
☆以前の日記→「こがねむしのメッセージ」http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-44.html
私は、そのコインがタイの1バーツコインであることをネットで確認した。
そして、3世代前の自分の過去生の話を思い出していた。
☆以前の日記→「大切なイニシエ 2 誓い」http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-11.html3世代前に、私が生きたのは、タイに違いない。そう確信した。
私は、すぐさま、シンボルの意味を調べた。

コーヒー:寛ぎ、刺激、沈静。私にとっては、日々のリラックスツール。
小銭:人生にもうすぐ変化が起こることを知らせます。
1:新たなはじまり。神との調和、生命の融和。
(新・ドリームブックより)
私はこの意味をかいつまんで見ただけで、しっかりとリーディングせずに、顕在の都合で考えた。
「タイに行けば、新たなステージが待っているのだ」と。

その後、忙しさにかまけて、きちんとしたリーディングもせずに、幾日かを過ごした。
すると、次は、別の形でメッセージがやってきた。
雑誌をパラパラとめくっていたら、「インド旅行」の記事があったので、それを読んでいた。
「インドでの祈り」を含めた、お寺の紹介などの記事だった。
それを読み終わって、ふと最終ページを見たら、そこに「タイ航空」の広告が出ていて、思わず、「インドの記事やのに、タイ航空かいっ」と突っ込みを入れていた。
そこで、「また、タイだ!」と思った。
さらに2日後。
仕事関係の男性とランチを食べていて、旅行の話になった。
「タイに行ったことはありますか?」と聞くと、「一番興味深かった国」とのことで、随分盛り上がった。
私はコインの話をし、さらに、タイの寺院の話や、僧侶の話、信仰の在りかたなどについて詳しく話を聞いた。
タイでは、男性しか聖職につけないこと。その僧侶は、柿色の僧衣をまとっていること。
女性は、寺院の壁の外で、僧侶への供物を捧げもって立ち、その供物の多さによって功徳の多少が決まると信じられていること。
などの話を聞いた。
私は、さらに確信を深めた。3世代前の自分からのアクセスを引き寄せた時に見た、その国のシチュエーションが、まるっきりそのまま、そこにあった。
さらにその人は、コインについて、「1バーツコインは、あまりにも小さな額の小銭だから、もうほとんど使ってないのにね。どうして紛れ込んだんだろう」と言っていた。

「タイに行かねば!」
私は誤解のうえに誤解を重ね、その道をひた走ろうと心に誓った。その道が自分が持つ不全(闇)の誘いとも知らずに。

あれだけレッスンで、「シンボルリーディングの重要性」と「それを繊細にやらないと意味がない」ということを学んでいるところだったのに、なんとまあ、私は人の話を聞いてないんだろう。
もう、Pのバカバカ~と自分の頭をぽかぽか叩きたくなる(笑)。

まったく違う。シンボルはそんなことを示してなかった。
今回のことで、私は改めて誓った。「シンボルリーディングをします!」と。自分のために。これが、自分への愛だと本当に思った。

もう一度、意味から調べなおした。今度は旧版のドリームブックを使った。
最近、仲間とこんな話をしていたところだ。「新しいドリームブックは、訳者が変わっていて、より一般の人にもわかりやすいように、霊的な言葉がソフトなフレーズに置き換えられているので、霊的な探求者にとっては、かえってわかりにくい時がある」と。
今回、調べなおして、そのことを実感した。フレーズがソフトな分、ひっかかりが少ないことがある。
例えば、上記のシンボルを旧版で見てみると、こうなる。

コーヒー:リラクゼーション。刺激。落ち着くこと。私にとっては、日々のリラックスツール。
小銭:あなたの人生に変化がやってくることです。
1:新規。神との合一。生命の一貫性。
(旧・ドリームブックより)

ほとんど同じなのだが、「リラクゼーション」というフレーズと、「神との合一」というフレーズが、私の中でひっかかった。
とっさに、これは「夜、眠る時の瞑想と、そこでひとりでに変容をしていること」についてのシンボルだとわかった。

リーディングしてみる。
私は、日々のリラクゼーション(瞑想)のために、エナジーを使おうとしている。すると、その中に、自分の居る霊的状態では使えないエナジーが混じっていることを、女性性が気付かせてくれた。それは、別の霊的状態(別の法則が司る国)においてのみ、使える(でも、いまはほとんど使わない古い)「神との合一(神と一体になる。この場合、変容のことを指していると思う)」に関するエナジーである。私はその使えないエナジーを、自分のアイデンティティ(財布)の中から抜き出し、使えるエナジーと混じらないようにした。

学び
瞑想をし、神(スピリット)と一体化する際、使えないエナジーが混ざり込んでいます(ひとりでに変容を起こすというのは、エナジーの誤用です)。それは、愛のエナジーではありません(つまり闇のエナジー=パワー)です。それに気付き、その闇のエナジーが、愛のエナジーに混じらないように取り除きましょう。
そのコインが「タイ」のモノであったのは、その闇のエナジーが、私のタイでの過去生の時の学びと関連しているからだと感じた。

最初から、「ひとりでに変容している」ことについてのエッセンスが投じられていたのだ。
そんなこととは気付こうともせずに、私は、「ひとりでに変容すること」の重大さを、ちっとも意識していなかった。
何度も何度も形を変えてエッセンスが投じられていたのに。。。
雑誌→祈りの旅(瞑想)には、タイ(航空)は変やで。(※実際にインドに行くには、タイ航空で行けると思いますが。^^)
タイ旅行の話→1バーツコイン(神との合一)は、もうほとんど使ってないよ(使えないエナジーだよ)。

きっと、ウライナが人間だったら、苦笑していただろう(笑)。
「やれやれ。こんなにエッセンスを投じても、気付きませんか?」

それでも、私はスピリットに愛され、守れていると思った。
今回のこの探求サポをこのタイミングで引き寄せたこと。これは私へのとても大きなギフトになった。
私を誘う自分の中の闇が巧みになっているのと同様に、私を誘う自分の中の光も巧みになっている。
「タイへ行く!から、dozen/Renに相談する」という思いを利用して、探求サポートを引き寄せたのだから。
そのことをdozenから教えてもらって、とても感心した。すごいな。すごいことになっているな、と。
今日のこの探求サポートを、私はイニシエーションだと感じた。
レッスンが終わってから、ラーメン屋さんで過ごした時間も含め、そう実感した。
何度も、耳で聞いている以上に、ハートで感じている、ということがあった。
ラーメンを食べながら、dozenの二人が語ってくれた「タイの旅」の話は、私がスピリットに聞きたかったことで、その途中も何度もハートでいろんなことを感じた。
去年の春ごろに、dozenの二人は、タイを旅した。それは高次からの霊的な誘いだった。
タイでは、犬はみな放し飼いで、猫は“おうちの中にいるもの”という位置づけだった。タイでは、一身にみんなが仏像を拝んでいる。男性僧侶のみのお寺のこと。人が多い。視線が多い。交通量が多いのに信号がない、のに、それなりに調和してて事故が少ない。エトセトラ。。。
そして何より、寺院や様々なスポットを強行軍で巡るハードなスケジュールに、身も心もへとへとになり、リラックスとはかけ離れた“修行の旅”となったとのこと。
雨季明けの緑が非常に美しいタイで。

Dozen/Renから聞いた話の中で、特に心に響いたこと。
神聖さを知っているがゆえに、拒絶反応があった(事柄がある)。一旦、真実を知ってしまったら、もう戻れない(普通の観光客のようには)。
何かを排他している(と感じてしまった)。その人(個人)の神聖さにフォーカスしていなかった。
大きな視点で見れず、近視眼的に見て、(不快に感じたりなどの)反応している。
それでいて、(自分が不快であるという)思いを口に出していない。
自分のために、できる努力をせずに、反応のままに自分を任せていた。
(これを、大きな視点から)見守れるようになるまでには、これ(このような体験)はみんなにも訪れるよ。
こういう体験をすると、自分の本音が出てくる。こんなん嫌や、あんなん嫌やとね。

だからこそ、dozenは、dozen/Renの“(聖なる)リラックス”をより心がけるようになったという。
それを体感するために行ったようなものだ、と二人は言った。
そして、沖縄では、その「真逆を行く」と。

私は、この話を聞きながら、ほんの数ヶ月前に、dozen/Renとdozen/Ryuにこのような状態があったことが、不思議に思えた。
そして、いかにその後に霊的に濃いステップアップをしてきたかを実感した。
修行というフレーズを聞きながら、私は、3世代前の自分のことを感じていた。
学び。学びたかった。
霊性を体現しようとする者にとって、この国に女性として生まれるのは、非常に過酷なことだったろう。
それを、あえて選択している。
学びのキーワードが「傲慢さ」という不全であることは、鞍馬でのイニシエーションで知った。
でも、今回それに、「救世主」というキーワードが加わった。
3世代前の自分もやはり、「救世主」を目指したのだろうか?
神聖さに沿う本質は、内に向かうこと、内なる自己=スピリット=神を愛し、帰還すること。
この真実を受け入れ、不全を手放すために、その選択をしたのだろうか?
事実がどうだったかはわからないけれど、私は、「タイ」という国の情報を通して、それらに触れ、
神聖さに沿うことの本質に意識を向けることができた。
「救世主行動」の不全を手放すことにフォーカスするよりも、霊性の体現の本質にフォーカスしよう。
真実の光で、自分が作り出した嘘・闇を溶かそう。
これが、「愛をもって」リセットする、という意味なのだな。


沖縄に行くにあたって、「救世主行動」の不全についての学びができたことは、私には大きかった。
高次から伝えられていた通り、すでに合宿は始まっているのだな、と感じた。
そもそも、この「ひとりでに変容」ということが浮上したのも、合宿に向けて、以前よりも、瞑想をする機会をもったからだった。
今回の合宿は、「レムリアと関係がある/記憶の呼び覚ましにもなる/内に向かう」などのエッセンスが伝えられている。
より、自分の内(本当の自分)を取り戻すためのイニシエーション。
私が内へ向かえば、私の中に潜んでいる不全(闇・エゴ)に突き当たる。それらが浮上する。
その度に、こうして光をあて、愛で溶かしていく。
沖縄に発つまでに、まだまだ浮上するものがありそうだ。
浮上するたびに、それらと向き合うたびに、私は、より内へと向かっていく。軽くなっていく。
不全と対峙することが、案外、楽しみな気がしてきたのは、ひとつの谷を越えた証、かな?

・・・・・・・・・・・・・・
追記
この日記を書いている途中で、ラブスピースの仲間が順次テープを起こしてくれている高次からのアクセスメッセージを読んだ。
去年の1月30日のアクセスに、いまの私にとって、非常に役立つエッセンスがあった。
そう。私は、まるきり「ちびっこが、仮面ライダーを演じる」ようだった(笑)。
このエッセンスを目にしたのも必然。
必然の凄さには、本当に感服する。
すべての存在に感謝を☆

****
(前省略)
参考までに。

蓮の道のりは、みんなとは違います。
ゆえに、蓮と比較するのは、逆にやめたほうがいい。

蓮がエッセンスになることは十分にあります。
そして、また誰よりも蓮がよく知っている。
いざないに関して、これほど味わってきているだけに、あなた方のエッセンスにもなる。

しかし、いざなわれ方が違う。

つまり、各自自分でいざなうわけですが、蓮のいざないはみんなとは違います。

ゆえに、いきなり自分が蓮のようになるとは思わないほうが良い。
逆にそれは、つまづきになりやすい。

三輪車とマウンテンバイクではずいぶん違いますね。
しかし、同じ自転車。
三輪車に乗りながらマウンテンバイクを味わっている気分でいます。

分かりますか?

スクーターに乗りながら、大型バイクに乗ってる気分。
軽自動車に乗りながら、大型トラックに乗ってる気分。

しかし、共通していますね。乗り物は。

その点で、そういう意味で、まねることは非常に危険です。

今、なぜ蓮がこのようにいざなわれているか、
すべて必然ですよ。

逆に蓮がこのような状態のいざなわれ方を経験することにより、みんなの状態を知ることができる。

たまたまのタイミングではないです。

みなは、先に蓮の情報を知っている。

蓮の様子を見、蓮に起きたこと、それにみんな、非常に注意を払い、またあこがれもあり、自分もそのようになると思い、なるだけではなく、アクセスへの期待、さまざまな能力への期待を、たくさん実に持ってますね。

ちいさなちびっ子が、僕は、仮面ライダー、ドラマとかになった気分です。

自分も飛べる、戦える。そして、そのツール、道具、売ってますね。

あれを身につけたらどうなりますか?

まさに、そのまま、まねますね。

すこし、エネルギーが落ちれば、まるで自分は、そのツールを身につけ、演じますね。

ああいう感覚に似てますね。

分かりますか?


エッセンスとして言っておきます。

***********

☆Pミクシー→http://mixi.jp/show_profile.pl?id=1249562
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2008.02.24 Sun l 日記 l COM(1) TB(0) l top ▲

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2008.03.21 Fri l . l 編集

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