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イニシエって、本当にユニーク(唯一無二)!
一つとして、同じであった試しがない。
今回もまた、初めて尽くし。
こんなに楽しくて、無邪気なイニシエがあったなんて。
それもそのはず、このイニシエには、なんと、あの人が登場なのだ~。

※イニシエとは

6月3日(日曜日)に京都でムミヤ主催のスピカフェ&イニシエイベントが行われた。
この日の参加者はラブスピ京都カレッジのメンバーがムミヤ、もっち、てる、とむさん、沐隣、私。そしてスピカフェ初参加の紫乃ちゃん。そしてdozenの二人。

この日はスピカフェからして濃かった。
詳細はもっちブログを後日参照。
(もっち頼んだよ~)

16:30になり、イニシエタイムとなった。
イニシエを受けるのは4名。
部屋に入ると、センターのラグの上に蓮ちゃんを通してイニシエを行う高次が座る座椅子を含め、サークルを描くように、座布団が4つ置かれていた。
その中央にそれぞれが持ってきた花を置き、4人が円になって座り、瞑想を始める。
私はいつものように、センターを保つ作業をし、エネルギーを通し、
私の内なる大事な人たちとハグをする。
一人目は以前受けた「大切なイニシエ」で会わせてもらった、三世代前の私である少女、通称ララ、(通称は私が付けたニックネーム)
最初の頃13歳ぐらいの少女だったララは、時が経つにつれだんだん幼児化していっており、
現在は生後2カ月くらいのおくるみに包まれた赤ん坊の姿になっている。
二人目は、私のインチャである、通称・リンダ。
リンダもやはり徐々に姿を変えていっている。少女→幼児→木→と変遷を経て、現在はちょうちょのような羽の生えた妖精の姿。最近はいつもご機嫌にその辺をちょこちょこ飛んで、勝手に遊んでいてくれる。
私はその姿を見るととても安心し、幸せな気分になる。
そして、最後の一人はマイスピリットのウライナ。
ウライナはビジュアル化が難しく、まだこれといった姿が浮かばない。敢えて言えば、人型の白に近い透明のエネルギー体に近いかもしれない。
ともかく、3人とハグをして、共にこのイニシエを楽しむことをコミットする。
久しぶりだからか、いつにも増してとっても楽しみで、ワクワクする。

サークルの外に置かれた椅子では、蓮ちゃんの身体に本日のイニシエを執り行う高次が降りるべく、変容の真っ最中。
私は目を閉じていたが、「いつもより変容完了までの時間が長いなあ」と感じた。
そして、聞こえてくる声の感じが、「私の知っている高次とは違うかも」とも思った。
そう思うと勝手に目が開いた。蓮ちゃんの方を見ると、胸の辺りが突き上げられるように大きく反ったり戻ったりしている。
なぜか私は瞑想することも忘れ、その姿に釘付けになっていた。
ほどなく、完了をしたのか、蓮ちゃんが目を開けて椅子の背から身体を起こした。
龍さんが介助をして立ち上がろうとした瞬間、
「待って!」と高次が声を発した。
聖なる子どもだ! とすぐに思った。
聖なる子どもは、dozenのブログで読んだだけで、実際に会ったことはなかったが、
そこに書かれていて通り、とても無邪気で愛らしい物言いをする。
その瞬間、私の内がウワッと沸き立つのを感じた。ワクワクが倍増された感じ。
私はますます目が離せなくなって、じぃーっと、その姿を凝視している。
している、というのは、私の意志で、というより、私の内なる意志で、という感覚に近かった。
内側では、リンダがおおはしゃぎをしているのがわかる。
もう嬉しくて嬉しくしょうがないといった様子だ。
聖なる子どもはもう一度椅子にもたれて、変容の続きを始めた。
あとちょっとというタイミングで、聖なる子どもの目が開き、その目と私の目がばっちり合った。
「あっ! 見てるぅ~」と言って、聖なる子どもはにこ~っと笑った。
私の顔も自然とにこ~っと笑い、内なる声が「玉遊びしよ~」と呼びかけた。
その声に応えるかのように「後で遊ぼうね」と言って、聖なる子どもは再び目を閉じた。

なななな、なんだこれ~!?
私の顕在の意識が、ややついていけてないのをよそに、内なる声は大合唱を始めた。
「たっまあっそび、たっまあっそび、たっまあっそび~。 キャハハ~」
もう何がなんだかわからんが、玉遊びなんだ~、と思って、私もつられて無邪気な気持ちになっていく。

ほどなく、聖なる子どもは準備を終えて、私たちのサークルに加わった。
5人で輪になって手をつなぎ、イニシエが始まる。
聖なる子どもが私たちを優しい声で誘う。
「内なる神である自分を抱きしめてください。
愛し、愛されていることを思い出して。
すべてはひとつ。あなたは私であり、私はあなた。
このサークルの真ん中に光の柱を降ろします。」
(みたいなことだったと思う。詳細は多少違うかもしれません)

「今日は、玉遊びなんだ」。
そう思って、遊び方を考えた。
まず、内なる人たちと自分を光の玉にして一つにするイメージをした。
白く半透明の玉になって、空中に浮かぶ。ふわわ~ん。
次に白く半透明な光の柱に玉が近づいていくイメージ。
さらに、手を繋いでいるみんながドーナツ型で浮いているイメージ。
(みんなあぐらをかいてるその下は…何もないのよ。浮いてるのよ。ヨガの聖者みたいよ。)
もちろん、ドーナツの真ん中には光の柱が通っている。
柱は上にも下にも永遠に続いていて、その上でも下でもないところに私たちはいる。
そして、その柱の内側からは強いエネルギーが出ていて、みんなが全身でそれを受け取っている。とても心地がいい。
さらに、そのドーナツ全体を覆うような大きな光の玉の中に全員が入っているイメージ。
よし、これで準備OK。
いよいよ玉遊び。こっからが楽しい。
私たちは玉にのって、柱に沿って上にいったり下にいったり。
ちょうど、遊園地の乗り物みたいだ。
違うのは引力の影響を受けてないこと。まるで宇宙遊泳のように。
というか、UFOの動き(笑)。
あるいは、スローモーションのトランポリンで跳ねているような浮遊感。
衝撃はなく、ただただ楽しく、自由で、安心感があり、心地いい。
何度も何度も飽きずにそれを繰り返し、たっぷり遊んだ。

存分に遊んだ頃に、「終わりぃ。」という声が聞こえた。
まるでゲームが終わったような満足感。
すごろく(古い?)でみんな「上がり」の状態。
ゲームなら、「第一ステージ無事終了」みたいな(笑)。

だから、イニシエが終わったとき、自然と「ああ~楽しかった」という言葉が出てきた。
「楽しかったよねー」、「ねー」、「ねー」。
小さい頃、友達と遊び終えて、夕方帰る頃に、みんなで楽しかったよねー、の確認をしている気分。
内なる人たちとも相槌をうちあい、みんな大満足だったことを確認した。

最後に、全員が順々に聖なる子どもとハグをする。
感情が開放されて、泣いている人もいた。
私はただただ嬉しかった。
聖なる子どもにぎゅうっと抱きついて、嬉しい、楽しい、気持ちを伝えた。
ありがとう。会えてとても嬉しい。一緒に遊べて楽しかったよ。ありがとう。
聖なる子どもはハグをしながらエネルギーの調整をしてくれて、こう言葉をかけてくれた。「頑固はダメよぉ。あなたの素直さ、もっと思い出して。」

とっても嬉しかった。
日常と、このスピリチャルな生き方との溝を、いつ、どうやって埋めようか、
このところ、そんな心配や算段ばかりをしていた。
その気持ちに焦って、無理に予定表を書こうとしていた。
でも、そうじゃない。
もっと素直に、やりたいと思ったときにそれは自由にできるんだ、
そう思った。
内なるものが一つとなってそう思えるようになったら、具現は必ず引き寄せられる。
その時をいつに設定しようと、頭で考えるのはやめよう。
そのスピードを速めるのも緩めるのも内なる自分。
私は自由だ!

歓喜が身体の中に広がっていくようだった。
すごく楽しいのに、涙がこみ上げてきて、鼻がツンとなった。

ありがとう。
今日もまた、すべての存在に感謝します。
もう、一人ずつ書き並べる必要さえ感じない。
すべては一つ。
私はあなた、あなたは私。
神という存在。

聖なる子どもに会えたこと、本当に嬉しかった。
また会いたい。
また、遊ぼうね。
必ず。
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2007.06.05 Tue l 未分類 l COM(4) TB(0) l top ▲

コメント

言っておくがあの濃いいスピカフェの説明は出来ないぞ^^;
2007.06.05 Tue l もっち. URL l 編集
お、もっちが パ、パスですか(笑)
素敵なシェアをありがとう♪いつか聖なる子どもに会いたいな♪と思います^^
2007.06.05 Tue l 瑠璃. URL l 編集
コメントありがとー。
もっち、そんなこと言わずに頼むよ~。
2007.06.05 Tue l ぴー. URL l 編集
お、記事ありがとう。
リンダ、大はしゃぎだったのね^^
私も、聖なる子供の登場は、感激だったね♪
2007.06.06 Wed l muumiyah. URL l 編集

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