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(前回日記の続きになってます)


カレッジ2日目
またしてもやってしまった寝坊を取り戻すべく、急いで、京都へ。
タクシーで新大阪、JRで京都(新幹線より快速の方が早かった)、タクシーで出町柳へ。
12:00到着。30分の遅刻。
ああ、こうして自分のミスをパワーでカバーしようとするのは、私の悪いクセだ。傲慢。

初めて会うカレッジの仲間。全ちゃん、空ちゃん、椿ちゃん。
これから、どうぞよろしく。

みんなでスピカフェをしてから、鞍馬寺に向かう。
鞍馬に向かう叡電の中で、いつになくウキウキした気分になる。
以前、鞍馬で体験したイニシエの記憶が蘇るのだろうか。
(あの時は、イニシエの後、ウキウキと楽しくてしょうがなかった)
それよりも、もっと昔の記憶??顕在の私が思い出せないでいるだけの??のためか。
マイスピリットも喜んでいるようなイメージを受ける。
そうだ。「今日は、あなたに会いたいなぁ」。改めてスピリットに語りかける。

駅に降り立つと、かなりの勢いで雨が降っていた。
皆、持参したカッパを来て山門に向かう。
山内に入る前に、門前の階段にめいめい座って、メッセージを受け取るように言われる。

「再生」「スピリットとしての役割りを思い出す」
瞑想してほどなく、二つのメッセージが頭に浮かんだ。

山門を入り、コーネリアンの手を握って、受け取ったメッセージを伝える。
「再生を果たし、スピリットとしての役割りを思い出せ」と言うと、
コーネリアンの眉がぴくんと上がった(笑)。
「思い出せ?」とコーネリアン。
「いえ、思い、出し、ます」と私。
そうそう。進んで、私が、自主的に。これが大事だった(笑)。

コーネリアンにコミットを伝えた後、本尊まで、一人ずつ「味わいながら」登っていく。

ああ、懐かしい空気。懐かしい土地。なんだろう、この感覚は。
受け取ったメッセージを反芻しながら歩く。
「スピリットとしての役割りを思い出す」という目的はとてもクリアだ。
「再生」とはどういうことなのだろう?
これをずっと考えながら登っていく。

由比神社の大杉と再会した。
懐かしくて、近寄って挨拶をする。
鞍馬寺に行くと、必ず挨拶をする杉が何本かある。
懐かしい。向こうも私を知ってくれている気がする。
「おかえり」と迎えてくれる。「ただいま」。まるで親戚に会ったような気持ちになる。

さらに登っていくと、もう季節の終わった沈丁花の花がわずかに残っているのを見つけた。
私の好きな花の香り。
私にとっては、浄化のシンボル。
終わりかけの沈丁花は、そのまま、この一連のイニシエでの私の浄化が、終わろうとしていることを現しているのかもしれない。

さらに登っていくと、またまた懐かしい感じの杉。
ぎゅっと抱きついてご挨拶。
すると、なぜか、「お帰り。龍の子よ」というイメージが湧く。
「龍の子? なんだろう」と不思議に思ったが、
このあたたかな感じのする呼びかけは、その後ずっと、山にいる間中、
断続的に、私の頭の中に響いてきた。
「龍の子よ」「龍の子よ」「龍の子よ」…。

山道を登っていくと、あちこちに小さく可憐な花が咲いているのが目に入った。
その一方で、これも季節が終わった椿の花がいくつも落ちていた。
椿の木はまだ鮮やかに生命感を残したままの大きな花をごろりと落とす。
散るのではない。ごろりん、と花が落ちるのだ。
だからこそ、雪の中に見る椿の花は冬の終わりを告げる“希望”でもあり、
地に落ちた椿の花は“死”をイメージさせもする。
ここで気がついた。“死”ではない。“再生!”だ。
花が落ちるからこそ、実が成る。死があるから次の再生がある。
“死”は“終わり”ではなく、生物が生きるサイクルの中の一つの段階にすぎない。
そして、一つの“死”を経て“再生”した生物は、前の生物とは明らかに違う。
植物で言えば、ひとつ年輪を重ねているのだ。
桃や栗は実をつけるまでに3年を要する。柿は8年だ。
それ以前とそれ以後に明らかな違いがあるように、1年1年、一瞬一瞬に違いがあるのだ。

そう思って辺りをよく見ると、様々な形の“再生”がそここに見える。
冬を過ごしたのであろう暗緑色の羊歯の葉の上に、若草色の瑞々しい葉がゆらゆらと風にそよいでいる。
山の中の木々という木々の枝からは、新芽が吹き出し、山そのものが若々しく息づいている。
新緑の季節。この季節の山が一番好きだ。
山なんてめったに行かないけど、でも、この新緑の季節がいちばん好き。 
生命力に溢れているから。

メッセージが降りてきた。
「自然のように。木や花がナチュラルに、再生を繰り返すように、あなたも再生ができます。再生はそれほど難しいことではない。人間が自然の一部であることを思い出したらいいのです。深く考えないで」。

そのメッセージを受け取って視線を上げると、一輪の小さな花がこけの緑に守られるように咲いているのが目に飛び込んできた。
百合に似た楚々とした小さな花。
これは、「再生」そして「癒し」の象徴だと思った。

ほどなく本殿に着いて、先に登った仲間と合流。
休憩室で、タバコを吸いながら、各自が受け取ったメッセージとリーディングなどをシェアしながらしゃべっていると、誰かがおもしろい張り紙を見つけた。
「ゴミは各自で持って帰りましょう。自然環境のために資源の再生にご協力ください」
そのようなことが書いてあったと思う。
みんなで大爆笑!「そのままやん」。
その時は、ただ可笑しいだけだったが、後で、この意味がわかることになる。

登ってくる途中で、いろんなインスピレーションを受けたが、
やはり、「再生」の意味がストンと腑に落ちたという感覚がない。
いろんな情報を合わせて、その意味を考える。
モークのイニシエは、確か、「死からの再生」だった。
そのイニシエを受けた時は、「再生」は「疲れた肉体をリフレッシュさせ、活力を与える」そんなイメージを持っていた。
でも、違う。もっと深遠な意味があるのだと感じる。

休憩を挟んで、イニシエの場所、尊天の大杉へ移動する。
出発の前に、本殿の前にある敷石の六芒星で、エネルギーを通す。
全ちゃんに唱え方を教えてもらった…が、忘れてしまった。。。
四方をぐるりと巡ったエネルギーが、第一チャクラから、スパイラルを描いてクラウンチャクラに抜けていく。
そのエネルギーが、またしても白い龍になって登っていく。
またしても、龍。
本殿の前に建てられた旗を飾るのであろうポールの頭が龍に象られている。
そういえば、手水鉢の口も龍。
龍と鞍馬寺は関係が深いのだろうか? 後で調べてみたが、詳しいことはわからない。

八重桜の花が咲いている。ピンク、薄緑の花もある。
尊天の杉に向かって歩き出す。
荘厳な気持ち。

尊天の大杉と奥の院への道の分岐点まできた。どうやら、大杉は左側の奥にあるらしい。
ここで、先に着いた皆と、後続を待つことにした。
背比べ石の前に在る大杉が、私を招く。
「おかえり。龍の子よ。会いたかったよ」
まるで父親のような叔父さんのような親しみ、懐かしさ。
幹に手を触れ、たっぷりエネルギーを分けてもらう。
私と「龍の子」の関係はなんなのだろう?

dozenが合流して、尊天の大杉の側で、イニシエが始まる。
まずは、大杉の元で、各自瞑想し、メッセージを受け取る。
最初に来たのは、「導き」。続いて、「癒し」。
文章になる。
「導くことは癒しです」と。
そこまで聞いて、私の胸はプレッシャーで重苦しくなった。
次の言葉を直感的に予感し、それを聞きたくない、耳を塞ぎたい気にさえなった。
瞬時に浮上した恐れを押しのけるように、すぐさまメッセージはやって来た。
「リーダーとして」。
ああ、聞いちゃった。聞いてしまった。うううう。おおお。あーあ。
これも瞬間、いろいろとあがいてみたが、往生際が悪いだけだった。
ここまでくれば、もう、お手上げだ。認めるしかない。
ソースのエネルギーが流される圧倒的に神聖なイニシエを前にしては、腹をくくるしかなかった。
正直、腰の引けた、そんな気持ちだった。

蓮さんの近くに移って、イニシエの時を待つ。
順番がやってきた。
コーネリアン?の前に座る。手を握る。
スピリットに誓いを、と促される。
「導くことは癒し」。
「私は、私は、私は……」次の言葉が喉の辺りで上がったり下がったりする。
深呼吸をして、やっとのことで言った。
「わたし、は、リーダー…として…その役割りを果たします」。
コーネリアンが笑顔を見せて、言った。
「いまの誓いを、忘れないように」。

あああ、言ってしまった、という感じ。
やはり、少々荷が重い感じはぬぐえない。

その後、龍さんから、「これと思う木を選んで、感謝を捧げ、その根元に落ちているギフトを、今日の誓いの印として持って帰ってください」と言われる。

先にイニシエを終えた人から各自の木を探し、ギフトを選んで、龍さんの元に確認に行った。
ある人は、OKが出て下山していき、ある人はやり直しと言われ、もういちど、コミットをするために、蓮さんの元に戻った。
「龍、妥協をしないように」と、コーネリアンは言っていた。
木を見つけるまで、コミットは何度も行われる。

その様子を見ながら、私にはすでに、ある木が見えていた。
すぐそこにある、曲がりくねってて上に伸びているか細い木。
もう、ほとんど緑の葉をつけてない老木。
幹に大きな祠のような穴さえ開いている。
瞬間、その木に惹かれたが、次の瞬間、否定した。
「こんないかにもパワーのない木ではないはずだ」と。
私は迷いに迷った。そして、端っこにあった、中ぐらいに太い杉を選んだ。
木に触り、感謝を捧げる。
「私を選んでくれてありがとう。龍の子よ」
木からはそのようなメッセージを受け取った。
これで、間違いない、と思って龍さんの方を振り向くと、龍さんも首をかしげながら、
「ぴーちゃんやり直し。その木じゃない」と。

私は瞑想しながら考えた。なんで、なにが、間違っていた?
メッセージが来た。というよりは、判った。
「傲慢さを手放す」。
あああ。そうだ。私には、木が見えていた。
なのに、それを、「見た目」という三次元的価値観で判断し、直感を無視したのだ。

「傲慢さを手放す」。
先の、大切なイニシエで私に与えられた最大の課題。
3世代もの間、ずっとずっと抱えてきた私の中の闇。
いまこそ、これを手放すことを学ぶ時なのだ。

2度目のイニシエ。
今度は、すっと言葉が出た。
「傲慢さを手放し、愛に変換する」。
この瞬間、コーネリアンはニヤリと笑った。(と、後で蓮さんに聞いた)
あまりにもビンゴで、可笑しかったのだろうか?

これで、私の一連のイニシエはひとつの完結を見た。

今度は、間違いなく、その木に向かった。
手を触れ、メッセージをもらう。
その木は、おじいちゃん、というようなイメージだった。
「龍の子よ。直感を信じて」。
ありがとうを言い、ギフトを探す。
木の根元に、朽ち掛けの椿の花が見えた。でも、それは、記念品として持って変えるには、あまりにもしわくちゃで汚い。
私はためらって、横に落ちていた小さな松ぼっくりを拾った。
が、思い直した。「傲慢さを手放す」。
直感に従って、その朽ちた椿を紙につつんで合羽のポケットに入れた。

山を降りる時にも、次々とメッセージがやってくる。
あるいは、「気づきが降りてくる」という方が近いかもしれない。
雨が降るように余りの速さでやってくるので、私はほとんど夢遊病者のように、なぜか早足で、一心不乱に山道を駆け下りていった。

最初に、「再生」への理解のヒントがやってきた。
「再生とは、エゴ・闇を、愛・光の目的に変換すること」。
エゴ・闇には、それを発揮するための、智恵やスキルがある。
例えば「美しいものや、能力のあるものだけしか認めないという傲慢さ」。
このエゴ・闇が持つ智恵やスキルは、
「美しいもの・能力のあるものを見分ける選美眼や、その背景となる知識や見識・経験」(智恵)と「それが好きと意思表明できる力」(スキル)。
この智恵やスキルを、愛・光の方向へ変換すればいい。
つまり、使い方を変えればいい。

次に、考えたこともなかった発想が与えられた。
「あなたには、リーダーとしての能力が元々備わっている。それを、傲慢というエゴを伴わずに、愛のスキルで、発揮するのです」。
「能力は、誰もが持っている。役割りがある者=ここに集っている者の誰もが、能力を持って生まれてきている。それぞれが、エゴ・闇を愛・光に再生し、本来の能力を発揮して、役割りを果たすためにここにいるのです」。

「もてる能力に違いはある。あなたが顕在でリーダーであるのは、もともとそういう役割りで降りてきているから。すべての人は、あなたと同じ能力を持っているわけではありません。だから、“どうして、同じようにできないのか”という疑問は持たないことです。それぞれの能力は違います。でも能力は持っている。そこには違いがあるだけで、優劣はない。あなたは、あなたの役割りとして、それを再生し、活用するのです。大事なのは、独りひとりの神聖さです。それを忘れることなく、あなたは、彼らの再生の手伝いをする役割。それがリーダー、導く、ということです。再生が進めば、癒しがもたされます。癒しは、人に力を与える。各人の能力が上がっていきます」。
まるで、顕在の(仕事上の)私のことを言われているようでもあり、このカレッジの中での未来を言われているようでもあり、
こんな表現があるのかは知らないが、あまりにも腑に落ちて、あまりにも心から理解できて、
涙が出てきた。
私は、仕事の場で、「なぜ、できないの?」と、何度言ってきただろう。
様々な場面で、何度心の中でそう思ってきただろう。
そうじゃなかったんだ。真実は、そうじゃ、ない。
そうとは知らずに傷つけた人の顔が浮かび、申し訳ない気持ちになった。
でも、それ以上に、大きな気付きへの感謝の気持ちでいっぱいになった。
「なぜ、できないんだろう」というのは、これまで、私自身にも、相手へにも、ずいぶん重荷な言葉だった。
「なぜ」を考え、どうしたらできるようになるか、職場で指導する立場の者としてずっと悩み、考えて来た。
私はずっと、「私ができるんだから、あなたも努力したらできるだろう」というスタンスでそれを行ってきた。「できない人もいる」と考えるのは、何か相手の尊厳を傷つけるようで、してはいけないことだと思って来た。
でも、違った。もちろん、努力してできるようになることもあるだろう。
でも、それは、「足がすごく速い、遅い」の違いに似て、埋めにくい個性の差の場合もあるのだ。
「元から速く走る素養をもった人をさらに速く走れるように導く方法論」と、「元々走るのが苦手な人を、少しでも早く走れるように導く方法論」はまるで違う。
もちろん、そんな理論は頭でわかっていたつもりだった。でも、その本当の意味はまるで理解していなかった。そして、「速く走れる方がいい」と決めつけてきた。
私は「速く走れない人」を責め、「速く走らせることができない自分」を責めて来た。
その責めから解放される時が来たのだ。holy!
なんて素敵なんだろう。なんてシンプルなんだ。
「適材適所」という言葉が浮かんだ。
それぞれの役割やそのために授かった天賦の才を見つけ、それを再生(活性化)させる手伝いをする。
これこそが、私の、指導者=ヒーラーとしての役割。

「能力で物事を判断しないこと。美醜で物事を判断しないこと。あなたが、アトピーという持病を持って生まれてきた意味、自分でわかるでしょう? あなたが、“傲慢さ”に傾き過ぎないようにするための、自分で設定したストッパーだったんですよ」。

“アトピー”という言葉を聞いて、胸を突き上げるような強い感情が込み上げて来た。
この病気を巡って、何度、私は人生の大波を経験してきただろう。
どれほど、親を恨み、自分を呪っただろう。
いろんなものを諦めざるを得なかった。
民間治療の費用に、多額のお金を投じて来た。
大学4年の1年間を入院で棒に振った。
入院に至った原因は、それまで20年近く使ってきた副腎皮質ホルモン剤を急に切ったことによるリバウンド。
就職を前に、持病の根本治療をしよう思い、「民間療法」を頼って、それまでの薬を切ろうと試みた。だが、結果は失敗に終わった。
失敗しただけでなく、ほとんど再起不能なほどのダメージを受けた。
「民間療法」を指導していた東洋医学の医師が、これは手に負えないので、大学病院に入院してください、と匙を投げた時には、すでにかなり深刻な状態になっていた。
頭のてっぺんから足の先まで、全身が炎症を起こし、即入院ということになった。
炎症によって、全身は腐りかけたトマトのように赤黒く、熱を帯びて腫れ上がっていた。
特に顔は原型がわからなくなるほど腫れ、まるでカボチャのお面をかぶっているように重かった。
熱と、強烈な痒みと、皮膚が破れた痛みで、気が狂いそうだった。
疲れ切っていても、薬がないと一睡もできないほどだった。
それ以上に、心が痛んだ。
私は、こういう大事に至る可能性のあった「薬断ち」や保険の利かない「民間療法」を、家族にも相談せずに勝手にやったのだ。
その頃、私はほとんど家出同様のような生活をしていた。
当時つきあっていた男性の家に入り浸り、実家にはほとんど帰らなかった。
民間療法を進めてくれたのも、その男性だった。
私は13歳上のその男性に完全に依存し、自分を見失っていた。
その愚行の結果がこれだと思うと、自分のバカさ加減に心が引き裂かれるようだった。
当然、家族の目が冷ややかに見えた。
実際は、そうではなかっただろうが、当時の私には、自責の念からそう思えた。
やりたい仕事、21歳の女性としての美しさ、華やかな生活、家族からの愛情…
私を取り巻くすべてのものから永遠に見放されたような絶望感に苛まれた。
死んだほうがましだと思った。何度も強くそう思った。
しかし、それを実行する気力さえも、わいてこなかった。
かくして、私は1ヶ月ほどの入院生活を終えて、退院し、自宅療養の身となった。
退院はしたものの、半年ほどは1日のほとんどを横になって過ごした。
それでも、卒業単位を取るために、秋から始まる後期の授業に出るため、大学に戻った。

辞めるはずだった副作用のある薬を、辞める前の10倍ほどの量を服用して、ようやく治めた炎症は、私の全身にどす黒い色素沈着を残していった。
元々青白かった肌は、手首と足首の先だけを残して、ドーランを塗ったような色になっていた。
とうてい、この先、肌が元通りになる見込みはなかった。
そう思うと、一生をダメにした気分だった。
回復途中の肌は、あらゆるものにかぶれた。
化粧品、化繊の衣類、ゴム、金属、固い生地…。自分の汗さえも危険因子だ。
外出する時は、だぶだぶの木綿の服を着て、つばの大きい帽子を目深にかぶり、うつむいて歩いた。
すべての希望は閉ざされ、毎日をやっとのことで生きていた。
大学は卒業したが、就職は断念し、付き合っていた男性の関係会社でお世話になることに決めた。
体力がもたないので、普通の会社で勤めることはできないだろうと思っていた。

そんな日々を送っていた1~2年の出来事とその時の感情が、走馬灯のように、猛スピードで頭を巡った。
あの頃の悲惨な自分を、あの時とは違う霊的悲惨さ?―心と身体と魂がすべてバラバラに分離され、すべてが傷ついている様子――という視点で思い出していた。
そして、自分を赦そうと思った。このことから学ぼうと思った。

この出来事をこうして日記に書いて公表するのは、私には勇気が必要だった。
読み返すたびに、身体が受けたダメージは年々減っていくものの、いまもまだ心の傷は生々しく、薄い皮膚がやっと張っただけの状態であることを実感する。
これから、何度も何度も、いつもいつも、この傷を癒していこうと思う。
そして、このことからの学びを掘り下げ、私の力を再生したい。
こうしてこの日記を書いている今も、アトピーは私の身体の中で、生活の中で、大きな位置を占めている。
だから、癒す。だから、学ぶ。だから、再生する。
ここにコミットをします。


もう、充分すぎるほどの気づきが、私の中で溢れていた。
わずか数分のうちに、何時間もの時を経験したような心地だった。
そんな気分で、心地よい疲労感を感じながら山を下って行くと、先に歩いていた全ちゃんに追いつき、以降、一緒に山を降りた。
いのちの像のところまで来た。
行きしは素通りしてしまったが、そういえば、dozenが「あれはよい気が通っている」と言っていたことを思い出し、ちょっと像を触っていくことにした。

いのちの像には、「愛と光と力」という言葉が記してあった。
側にあった建て札の縁起を読んでいると、鳩が一羽、近寄ってきた。
私が動いても、飛び立つ気配がなく、こちらに、愛らしい姿をアピールしている。
すぐに、何らかのメッセージだと気がついた。
その時には、「鳩=平和の象徴?」くらいにしか思わなかったのだが、
こうして、日記にするための下メモを書いている時に、あっ!!!と閃いた。
これは、カレッジ初日(鞍馬の前日)に見た屍骸として横たわっていた鳩の再生だ。
まさに、死からの再生。
私の霊性が再生されたことの証しだったのだ。
Bravo! 神様、ありがとう!

その時、全ちゃんは柵の外でカタツムリを見つけていた。
カタツムリなんて、久しぶりだねえ。そんな話をしながら山を降りた。

山を降りていく。山が語りかけてくる。
「龍の子よ、さようなら。また会いましょう」。

さようなら。
ありがとう。
私はすべてのものに感謝した。
今日という日に、鞍馬の山に、仲間に、dozenに、高次に、ソースに、そして自分に。


山門を出たところで、本殿に着く直前に見た花を見た。

駅につき、ようやくほっとした。
と思ったら、トイレに入って、出るときに、またまた気づきが訪れた。
「再生は覚醒によって完全になる」
「すでに全てのものはそこに在る」
つまり、エゴ・闇を愛・光に「再生」するために必要なのは、「覚醒」「気づき」。
そして、それに「覚醒するか、しないか」だけで、すべてのものは、元々、すでにそこ=自分の中、に在るのだと。

なんという1日だ! 深過ぎて頭がついていかない(笑)。
じつは、この後、電車に乗り、出町柳の駅近くでスピカフェをしている時にも、様々な気づきがやってきた。
それはまた、次へ繋がる事柄も含まれていたので、回を変えてアップしたいと思う。

私の中の一連のイニシエがひとつの完結をみた。
それは、終わりのようであり、新たな始まりのようでもある。
すべてのことは複雑に繋がっていて、何一つ切り離せない。
しかし、私にとって、恐らく最大の気づきであろうメッセージに、深い理解がやってきた。

傲慢さを手放すことで、私は再生し、役割である指導=癒しを行う。

エゴ・闇に心を乱すたびに、ここに戻ろう。
この時の歓喜を心に再現するために、ここに戻ろう。

ありがとう。すべての存在に感謝を捧げます。


追記:この日記をアップするまで、1ヶ月の日時を要した。明日はカレッジだという今日、課題の〆切に背中を押してもらって(間に合ってないけど)、やっとアップした。いまこうして読み返してみると、やはり、病気のことを書くのに躊躇っていたのかもしれない。でも、これを抜いて鞍馬でのイニシエを書くことは、私にはできなかった。いまは、その葛藤に勝てた自分を褒めてあげたい。ありがとう。

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2007.05.19 Sat l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

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