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緑もこもこ

moco-moco  photo by P

 

心と身体と魂はつながっているんだなぁ・・・という話を、以前に日記で書いた。

 

  「つながっている」⇒http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-173.html

 

昨日、その時に行きそびれた、いきつけの整体の先生のところへ治療に行き、また、別のカタチでそれを再確認した。

 

 

 

 

 

その整体の先生のところへ通いだして、かれこれ3年ほど。

以前は編集の仕事をしていたので、徹夜に近い状態で、文字を見続ける・コンピュータのモニターを見続ける、

みたいなハードな状態が続いたときには、必ずといっていいほど、お世話になっていた。

しかも、「もう腕があがりません」「首が回らない」「吐き気がする」「死にそう」・・・

みたいな、末期的な状態になって行くことが多かった。

それでも、そこへ行くとなんとかなる。

なんとかなるから、よけいに身体を酷使したのかもしれない(笑)。

 

もともと、腕のいい先生だったと思うが、ここ1年ほどは、素人の私が言うのもなんだか、劇的な変化を遂げている。

先生いわく、九州に「その道の師匠」を見つけ、定期的に研修に通って、教えを乞うているとのこと。

研修を経るたびに、施術の方法が、少しずつ変化していくのがわかる。

 

整体といっても、ゴリッとかバリッとかいわせる類のものではなく、

静かに腕と足を折りたたんだり、伸ばしたりしながら、ずれているものを、本来あるカタチに戻していくといったイメージ。

それも、曰く「フィジカルな部分を主体にアプローチする施術と、神経系を主体にアプローチする施術とがある」らしく、

神経系アプローチなるものを施術されると、足をひっぱっているのに、なぜか頭のてっぺんのあたりにピリピリという電気刺激を受けているような感覚を覚える。

そして、施術後には、ぼーっとなって、以後は仕事をするには向かない、どころか、布団へ直行状態になる。

 

ので、必ず施術前に「まだ仕事するんか?」と確認されていた。(笑)

 

仕事を辞めて以来4か月。

久しぶりに行って施術を受けた。

随分変わったなと感じたのは、肩と首の治療を受けていたとき。

椅子に座った状態で、後ろから、腕を持ち上げて、本来あるポジションに戻していくのだが、

先生は軽く手を添えるだけで、自分の腕がかってにぐにぐに動いていく。

もちろん、私自身は「動かそう」というつもりで動かしているのではない。

「今日は、よく動くな~♪」と、いつになくご機嫌な先生。

「ほらほら~、指一本やでぇ~」とじつに嬉しそう。

 

秘儀をマスターしてきたん?と訊くと、「そやねん」と言う。

「患者さんのカラダの声を聴きながら、施術をする方法を磨いてきた」。

言葉のディテールは違うかもしれないが、そのような類のことを言ったと思う。

 

なるほどな、とすぐにピンときた。

探究と同じだなと思った。

 

カラダ自身は、本来在るべきポジションに戻る力を元々もっていて、

施術師がそのポジションに向かうためのガイドとなる位置にカラダを誘導すると、あとは自動で戻っていく。

もちろん、そこに欠かせないのが、自分の内側の「本来あるべき状態に戻りたい」、つまり、「健康を取り戻そう」という意識なのだろう。

その意識と適切なガイドがあれば、カラダは独自の自然治癒力を発揮する。

 

つまり、施術を受けている本人が「受け取りたいと意識する分しか受け取れない」ということ。

 

カラダの状態は、内の意識の状態が創り出しているものだから、肩こりひとつにしても、もちろん、意識と関わりがある。

だから、究極を言えば、内の状態をリセットすれば、肩こりも治るのだろう。

でも、それは極論。そこまで意識の力が強ければ、もともとそういう状態にはならないんだろう。(笑)

 

探究も同じ。みんな、向上したい。意識を上げたい。帰還したい。

そういう意識があれば、継続すれば、そうなるかと言えば、たぶん、ロングスパンでいえばイエスなんだが、

そこに、ガイドとなるエッセンスがあれば、それが、着実となる。

 

じゃあ、エッセンスを投下すれば、全部OKかといえば、やっぱり違う。

そのエッセンスを受容しようとする意識がなければ、効力を発しない。

 

エッセンスの質にもよる。

それが純粋(神聖)であればあるほど、それは着実な治療(帰還)につながっていく。

 

先生は「患者さんのカラダの声を聴く」と言った。

それはまさしく、「患者さんの内(神聖さ)の声を聴く」ということだ。

 

「師匠から、『施術師の自己満足で治療してもあかん』と言われた」と。

戻ろうとしない筋を無理にまっすぐに戻しても、すぐにまた歪んだ状態に戻ってしまう。

患者のカラダ(内)が戻ろうとする分だけ、戻すためのガイドに徹する。

 

「師匠にかかったら、僕らはど素人扱いや。『おまえらの知ってる世の中の常識(治療法)はぜんぶ非常識。この非常識にみえる方法こそが、本当の常識』やねんて」。

 

先生は苦笑いをして、そう言った。

はて、どこかで聴いたことのあるフレーズだなあ・・・と思って、訊いてみた。

その師匠は、どこでその技術を教わってきはったん?

 

「師匠いわく、『神さんから啓示がおりてきた』そうや(笑)」。

 

ははーん。なるほど。どこかで聴いたことがあるはずだわな。

 

整体というフィジカルな世界とスピリチュアルな世界の接点。

こんなところで、自分のカラダを通して、それを見ることになるなんて、じつに興味深い。

 

この肉体は、自分の内(意識)が形づくっていること。

それは、至極当然のことで、不思議なことでもなんでもない。

なぜなら、それが、宇宙の法則なんだから。

 

それをまた、まざまざと知った今日このごろ。

 

やっぱり、心とカラダと魂はつなってるんだよねー。

 

 

◎「自分を愛する」っていい!心の探究をしよう!
http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/97681698.html

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2008.12.06 Sat l 日記 l top ▲
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