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ツバメ

 doremi♪     photo by  P

 

カラダとココロと魂は繋がっているんだなあ。

と、つくづく思う。

 

 


何をいまさら。。。
探究して何年なのよ、私。

(あ。といっても、まだ2年弱ですが・・・。笑)


それでも、まざまざとそれを痛感する時がくる。しかも、頻繁に。



一昨日の晩、肩こりが激化して、頭痛と吐き気がしてた。
編集の仕事をしてた時でも、年に2回程度ぐらいしかない、重度の状態。
座っていられなくなって、やっていたことを放り出して早々に寝た。

いつにも増して、たっぷりと寝て、翌日起きてみると、さらにひどくなっていて、腕がしびれていた。

これは、さすがにヤバイと思い、かかりつけの整体の先生のところに電話すると、
「研修のため出張しています・・・」と留守番電話のメッセージが流れてきた。

こんな時に限って、である。

こういう“網の目を縫うようなタイミング”のときは、必ず用意された(自分でした)学びの到来の時と決まっている。


近所で整体をしているところを探し、ともかく、診てもらうことにする。


ソフト整体と謳っている割には、ゴキッ、バキッ、ムギュッ・・・と派手に鳴らしてくれる。
果たして、1時間の治療を終えた後も、なんだか、ましになったようなならないような・・・。


急に冷え込んだ京都の町を顔をこわばらして自転車こぎながら内観してみる。


カラダへのアプローチは“応急手当”にすぎない。
もちろん、しないよりした方がましだから、それを選択したのは正解。

さらに大事なのは、その原因を創っている“内側”が抱えている問題だ。


大方はわかっている。

スピリチュアルな探究者ならば、自分のカラダに不調が起こったら、
何をおいても、その原因となる内の状態を真っ先に自分で診る。


いま使っているバイブルは、リズ・ブルボー著『自分を愛して!』(ハート出版)。
じつに細かく、さまざまな病気やカラダの変調に対して、スピリチュアルな見地から、
その原因となりうる要因が示されていて、わかりやすい。


整体の先生から言われたのは「首」。
「ヘルニアになりかけてますねー」とのことだった。

首の軟骨の間が狭まり、神経を圧迫するので、腕にしびれが出たり、頭痛がしたりする。

これを、スピリチュアル的な解釈でみると、こうなる。

ざっくりとかいつまむと、
「あなたは自分が置かれた状況に対して、ある理由から直面したくないと考えていますが、
その理由はあなたに役立つものとは言えません」。
さらには、「柔軟性に欠ける」とも。


あらら。図星。


ずっと課題となっている「統合への恐れ」。
さらには、「自分ではなく、誰かのために探究をやっているという意識状態」。
そこから派生しての「生活のバランスがとれない状態・肉体をリラックスさせていない状態」。

これが、「明らかな抵抗」という形で現れるわけではなく、
微妙に、無意識の状態で、遂行されるので、自覚するのが遅くなる。

もっとこまめにリーディングをしていたら、カラダが訴えるまでにリセットできたかもしれない。
それを怠っているので、自分の内側が、最後の手段として、
カラダの変調を通して、リセットポイントを伝えてくる。


ふぅ。あかん、あかん。

自分の内と肉体に、こんな体現をさせたら、あかん。


ふるふると首を振って、リセットに取り掛かる。


まずは、冷え切ったカラダを温めるべく、近所のうどん屋さんで、「鍋焼きカレーうどん」を食す。

食べながら、気付いたことがあった。

「あー、最近、ごはんの時間を大事にしてなかったなあー」と。

たわいもないことではあるけれど、そこに隠れている内の状態には深い意味がある。


そう言えば、前日の夜も、時間に追われて、コンピュータの画面を見ながら、キーボードを打ちながら、
スーパーで買ってきたお弁当を冷たいまま食べてた・・・。

で、その揚げ物の油に嫌気がさしてたのだっけ・・・。

なので、深夜になって、吐き気がした時には、「揚げもんにあたったかな?」と本気で考えたりした。
んな訳がない。私の胃は自慢じゃないが、人並み以上に強いのだ。


時間がないというのは幻想だ。
自分が創り出した妄想。

ごはんくらい、ゆっくり食べる時間はいくらでもある。
どうせ、人より、食べるのが早いんだし。
たかだか、20~30分のこと。

要するに、自分で自分をリラックスさせてない。
できることを惜しんでいる。
肉体=顕在を軽視してる。
なぜなら、意識がリラックスしていないから。


これは、まさに、自分のためでなく、誰かのために何かを一生懸命やっている時の状態。
そして、そういうときには、「こうでなきゃ」と頑なになり、柔軟性を欠く。

「気分転換~☆」という発想が出てこないし、できない。



なんてことを考えて、鍋焼きカレーうどんを食べ終えた。

あーカラダがポカポカ。
整体より、効くやないの。



こうして、意識のリセットがかかりはじめ、
翌朝起きたら、ずいぶん、首の痛みは治まっていた。


きっと、整体の効果もあったのだろう。^^
そして、何よりも、意識のリセットがかかり始めたのだろう。




その日のラブカードセッションにも、きっちりとその状況が出ていたのが可笑しい。


今月のシップパートナーの一人は全(男性)

全blog⇒見つめる「わたし」  http://blog.livedoor.jp/ta_manori11/


全のお題とカード

お題:「無意識の中で抵抗をしている顕在の恐れを神聖さへ明け渡すためのエッセンス」

左:ゆるし
  意識上昇(アセンション)

右:リラックス
  愛のフィルターでみる/エゴのフィルターでみている


全は、とにかく、寝ない(笑)。
特異体質かと思うほど、寝ない。


Pはこのカードをみて、「肉体のリラックスが必要やねー」「睡眠をとりましょう」なんて、言ってたが、
これって、自分のことじゃないの。

まさに、自分の男性性、顕在の側面が、見事に表れている。

しかも、そうなる内の意識の在り方が、また、同じ。

「人が活動していると、自分も活動せねばと思ってしまう」と。


こうして、シップパートナーを通じて、自分を見ると、本当にわかりやすこと!


ちなみに、Pはというと。

Pのお題「自分の女性性を受容するためのエッセンス」

左:配慮と思いやり(相手の土壌)
  光とつながる
  神聖さの体現

右:動
  在るがまま



統合への恐れは、「男性性」の受容の恐れ。それを阻んでいるのは「女性性」の受容ができないこと。

相手の土壌は、男性性の土壌でもあるのだろう。
顕在や肉体への配慮は、「神聖さに沿ったリラックス」をすること。

カラダを休めることも必要だし、何よりも「瞑想」や「エナジーワーク」をして、内とつながることだろう。


そういえば、このところの流れとして「瞑想」はキーワードとして出ていた。
今月の探究のコミットにも「瞑想」と書いたっけ・・・。



課題といっては荷が重いので、学びと呼ぶとして・・・

学びが多重債務のように・・・いや、表現が悪いな。笑

えー。

学びが泉のようにこんこんと湧き出てきて、なんと豊かなことでしょう!笑


こうして、無意識の抵抗がカタチになって見えてくるということは、手放す時期がきたということ。

まあ、汲み切れないものは、また、自分の中に染み込んで、そのうち、湧いて出るでしょう。



意識のリセットと共に首の痛みも引いていくはず。

カラダとココロと魂はこんなにもガッチリとつながっているのだから。

今更ながら、また基本の「き」を知る今日このごろ。

 

 

 

◎「自分を愛する」っていい!心の探究をしよう!
http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/97681698.html

 P cafe開催!⇒http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-171.html




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2008.11.20 Thu l 日記 l top ▲
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