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自分を愛して




自分を愛して!―病気と不調があなたに伝える〈からだ〉からのメッセージ (単行本)
リズ・ブルボー (著), 浅岡 夢二 (翻訳)

 

本文より抜粋

 

もしあなたが健康を望むのなら、

あなたは病気の原因を取り除くための

心の準備ができていなくてはならない。

その時、はじめて、私はあなたを助けることができる。

ヒポクラテス

 

フロイトの教え子であるユングは次のように言っています。

「表面意識と潜在意識が絶えず影響し合っているように、

からだと心も絶えず影響し合っている」

彼がこう行ったのは、今から50年以上も前のことです。

 

残念なことですが、現代西洋医学の医師たちは(時には、自然療法家たちでさえも)、

病気を、人間が幸せになるのを邪魔立てする悪しき存在である、と見なしています。

ですから、彼らは病気に対して<戦い>をいどむのです。

しかし、彼らは、病気の本当の<原因>をなくそうとするのではなく、

単に<症状>を消そうとするだけなのです。

 

大変ありがたいことに、私は、

病気というのは、私たちの人生を立て直すための<贈り物>である、

ということに気づきました。

確かに、<物質体>---つまり肉体---は病気の原因ではないのです。

物質体は、それ自体では何ものでもありません。

魂---つまりスピリット---から流れ出る生命力こそが、

肉体を維持しているのです。

肉体は、私たちの内面で起こっていることを反映しているに過ぎません。

ですから、病気になった肉体というのは、

もとの平衡状態を取り戻そうとしているだけなのです。

というのも、肉体の本来の状態は健康な状態であるからです。

そうしたことは、<感状態>、そして<精神体>に関しても同様に言えるでしょう。

 

以上の考えに従うことで、あなたが失うものは何もありません。

いや、何も失わないどころか、病気の本当の原因、

そしてその解決法を知ることができるのです。

ただ、あなたのエゴは、病気の解決方法を手に入れるころに対して、

とても大きな抵抗を示すはずです。

というのも、このメタフィジックな手法は、

あなたの生き方を問い、あなたの<間違った信念>に変更を迫るからです。

エゴはそれをすごく嫌います。

 

では、エゴとは何でしょうか?

エゴとは、端的に言って、あなたの過去の記憶なのです。

長い年月のあいだに、あなたの記憶が主導権を握り、

あなたの人格を支配するようになってしまったのです。

あなたが出来事をどのようにとらえるかというその見方が、記憶の中に保存されてきました。

その出来事が特別に幸福だったりすると、

あなたはそれを記憶に強く刻印することになります。

そうした記憶に基づいてあなたは結論を出します。

そして、その結論に基づいて、あなたは自分の行動を決めるのです。

もし出来事が不幸であったのなら、あなたはそうした不幸を避けようとし、

出来事が幸福であったのなら、あなたはそうした幸福を繰り返し味わおうとします。

そうした記憶はあなたの中でさまざまな<人格>形づくります。

そして、それらの人格自体が、生き延びようとする意志を備えるに至るのです。

記憶がよみがえって人生を方向付けるたびに、

あなたは、それらの人格にエネルギーを与えることになり、

そのエネルギーがそれらの人格の栄養になります。

それらの人格は実体を持っています。人間の不通の人格とまったく同じなのです。

そして、あなたに語りかけることができます。

あなたの心の中であなたにささやきかける無数の小さな声が、

実はそうした人格たちなのです。

 

一方、あなたが何かを信じたのは、

それを信じることによってさらに幸福になるれる、と考えたからです。

しかし、残念なことに、幼い頃そのように信じ込んだこと大部分が、現在、役に立たなくなっています。

ただ、ほとんどの人はそのことに気づいていません。

 

それでは、具体的な例をあげてみましょう。今ここに、小さな男の子がいるとします。

この子は本をうまく音読することができません。そのために、先生から次のように言われました。

「きみは何をやっても、うまくできないんだね。いつもぼーっとしてばかりいて。

きみみたいな人間は、まともに生きることなんか、とてもできないだろう」

この子は、そう言われて、すごくつらい思いをします。それは当然のことでしょう。

しかし、くり返し同じことを言われているうちに、やがて、それをそのまま信じ込んでしまいます。

そうすると、それ以来、何かをやろうとした時に、必ずその声が聞こえてきて、

この子は完全にやる気を失ってしまうのです。

しかもその声は、彼が何かをやって、うまくできず、そして苦しむのを

あらかじめ防いでやっているつもりなのです!

その声を聞きながら大きくなったこの子は、大人になっても、

「あなたは何一つ上手にできないんですね」と人から言われないために、

新しいことには絶対に挑戦しないようになりました。

今では彼のエゴの一部をなしているこの<信念>は、彼になにもさせないように、

絶えず、次のような言い訳をささやき続けています。

「そんなことにはまったく興味がない」

「気が変わったんだ」

「まだやるべき時期が来ていない」

そうした考え方が、大人になったこの子にとってまったく役立たないことは、

言うまでもないことでしょう。

 

エゴは何百にも達するこの種の<思い込み>から作られています。

ですから、私たちはそのことを自覚しなければなりません。

そうしないと、私たちは、自分が本当に望んでいることを実現することができないからです。

<本当の自分>をこの世の中に表すことができないのです。

 

以上のことから、次の結論を出すことができるでしょう。

「私たちの不調や病気は、私たちがエゴに完全に支配されているために起こる」

実際、私たちがエゴに支配されている限り、

私たちは、永久に、自分が本当になりたい存在になることができません。

私たちの欲求がエゴによってブロックされているからです。

そして、やがて、私たちのからだにもブロックが生じ、

それが不調や病気として現れてくるのです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

久々に、自分のエゴとがっぷり四つに組んだ。

一昨日に始まり、昨日を経て今日まで。

(といっても、昨日は問題との対峙を避けようと、ほぼ丸一日ふて寝をしていた)

 

7月から探究のステージを1つ前進させた。

すると、いままでは抱えていても平気だった不全(エゴ)が

突如として存在感を増し、急に目の前に立ちはだかったかのように見えた。

じつはずっと持っていたのに、見えてなかったか、見ようとしてなかっただけのもの。

それが、より明るい場所へ進んで、その姿があらわになっただけ。

強烈なエゴが突然現れたように感じた私は、

「うわぁぁぁぁぁぁっぁぁーー」

とのけぞって混乱した。

エゴの言うままにエゴ信念を貫き、体調を崩し、

自分を愛するための自己探究の手を止めた。

もんもんとさえしなかった。何が起こっているのか考える余地もなく、ただただ混乱し、

その混乱から逃れたくて、意識を失ったかのように眠っていた。

 

結局は、自分では答えを見出せなかった。

でも、私は答え=真実が知りたいと望み、その機会を引き寄せた。

探究のエッセンスパートナーdozen/Ryuがシェアの場を提供してくれた。

dozen/Ryuのエッセンスパートナーdozen/Renもエッセンスを投じてくれた。

仲間も集まり、エッセンスを提供・共有してくれた。

d-spec/yuki とトリン

●dozen/Ryu ⇒Dragon Diary /dozen  http://dragon-and-lotus.seesaa.net/
●dozen/Ren ⇒Lotus Diary /dozen http://ryu-and-ren.seesaa.net/
●d-spec/yuki⇒- ∞Infinite Love~Spiritual~  http://mugenlove.blog51.fc2.com/
●トリン ⇒Healing Environment   http://torin.seesaa.net/

 

シェアを終えて、混乱していた意識がすーっと沈静化されていくのがわかった。

シェア前は「こんな恥ずかしいことをみんなでシェアするなんて、死にそう!」

ぐらいのことを思っていた。ホントに。

それぐらい、話題に上るのも嫌悪していた。

 

結局はすべて、自分が自分で創りだしているものだった。

そして、エゴの視点で物を見て、ますます自分を愛することから遠ざかるという

エゴ循環に陥ろうとしていた。

そのことだけは、その場で得心した。

 

家に帰ってから、さらに内観する。

「エゴ浮上はチャンスタイム♪」

私が「自分を愛する」ための自己探究をしているラブスピースでは、

そういって、エゴさえも歓迎される。

なぜなら、エゴは意識のステップアップの時に、必ず浮上するものだから。

「自分を愛して!―病気と不調があなたに伝える〈からだ〉からのメッセージ」を

じっくりと読んだ。同じことが書いてある。

 

「大変ありがたいことに、私は、

病気というのは、私たちの人生を立て直すための<贈り物>である、

ということに気づきました。」

 

エゴも、エゴが創りだす病気も同じ。

自分の今の状態を気づかせてくれる大切なメッセージだ。

そのエゴが創りだした自分の病気と向き合う時がきた。

 

子どもの頃から約30年近く、

私を支配してきた、そして、私自身が支配を許してきた、

アトピーという病気を創りだす自分のエゴシステム。

上に書かれているパターンに照らしてみた。

 

子どもの頃からひどい部類のアトピーだった。

普通は小学生の高学年くらいになると自然に治るパターンが多いのに、私は治らなかった。

肌の疾患は“目に見える”だけに目立つ。

子どもゆえ、学校などで心ない言葉に出会うことも多かったが、

それさえも、自分の内が引き寄せていたことだと、

探究を始めた今になって初めて気づくことができる。

何より家の中での言葉がいちばん心に蓄積されたと思う。

「(肌が)きたない」

という言葉を何度も聞いて、私はいつしか、

「自分はきたない」

と思い込むようになったのだと思う。

それは血のつながった家族ゆえの

「肌があんな風にになって可哀想」という憐憫の言葉だったのだろう。

ということは、あの頃の私は、自分で自分を可哀想だと思っていたのだ。

自分で自分を「きたない」と思うことを自分に許していたのだ。

最初は、忙しい両親の気を引きたいがゆえの幼い自我(エゴ)の発露だったのかもしれない。

それがだんだん、自分の中で自分の価値を低める包囲網に育っていく。

 

そうして構築されたエゴシステムは、私によかれとささやく。

「きたないものは隠して人目につかないようにしないとな」

そうしていつしか、

肌だけでなく、「自分の本質」をも人目から隠すようになった。

本心は誰にも見せない。

大人になってから、親しい友人からそう指摘されることが結構あった。

自分ではまるで自覚がなかったけど。

 

 

それでも私は明るかったと思う。

勉強もスポーツも好きだったし、不自由なくできた。

人前に立つのも得意だったし、持ち前のリーダーシップも随所に発揮してきた。

ただ、いつも「人からどう思われているか」が、自分の中で一番重要な価値観になっていた。

それでも、自分で「好きなことをやってきた」と思えるし、実際そうであったのは、

そのことを認めたくないゆえの反発なのか、

それとも、エゴを超えた本当の自分の発露だったのか。

 

本の中の「皮膚のトラブル」の項から抜粋してみる。

 皮膚は、原則として、その人が外部との関係で自分をどのように評価しているか
ということを表しています。
皮膚はからだを覆っていますので、
その人が自分自身に関してどのようなイメージを持っているか、
ということを示しているわけです。
自分の自己イメージがどんなものであるかを知りたければ、
自分の肌がどうなっているかを見さえすればいいのです。
あらゆる皮膚のトラブルは、その人が自分自身に対して恥の感覚を持っている、
ということを示しています。
他の人たちが自分のことをどう考えるか、自分に対してどんな判断をするか、
ということを気にしてばかりいるのです。
そして、ありのままの自分を受け入れることができず、
何かと言えばすぐに自分を拒絶します。
また、しょっちゅう、自分が攻撃されて傷つけられたと感じます。
外部で起こっている出来事や他人からの影響を受けやすいと言えるでしょう。
自分を愛することがなかなかできないのです。
(中略)皮膚は、他者とのコンタクトの手段であると同時に、
また、他者とのコンタクトを絶つ手段ともなりうるのです。
自分を恥じている人は、他者と結びつくことができません。
そこで、そのための「言い訳」として自分の皮膚のトラブルを使うことがあるのです。
つまり、自分を「触れることのできない状態」にするのです。
できれば、新しい皮膚を持ちたい、つまり、生まれ変わって完全に変化したいと思っています。

まさに。まさに。

私のことをよく知る友人が見たら笑い転げるだろう。

「あんた、そのものやん」と。

自分でもそう思う。私そのものだ、と。

完璧でないもの(自分の中の幼い部分)を強く攻撃する私の不全の特質。

別の明るい側面を持ちながらも、それだけ深く、私の中でエゴが根ざしていたということ。

でも、これは本当の私ではない。

だから、もう、こんな自分像は必要がない。

その自分像を創りだすエゴともお別れだ。

 

さらに人生を振り返ってみると、アトピーがひどい時期とそうでない時期が、

周囲の期待に応えている時期とそうでない時期、

さらに発展して、自分が創りだした「期待されるであろう自分像」に

応えている時期とそうでない時期、

と合致しているのがわかる。

結局、すべては自分が創りだしたものなのだ。

 

 

自分というものを探究していれば、いつかこの病気と向き合う時がくるだろうと思っていたし、

それを心から望んでいた。

治らないといわれている病気を

自分を愛することで癒せたら

それはどれほど幸せなことだろうと思う。

私はすでに、それにチャレンジしている。

こうして、数時間前まで、話題に上るのも嫌だったことを観察し、公にできること。

これこそが「自分を愛する=自己探究」がもたらす愛=奇跡だと思う。

素晴らしい土壌に自分が居ることに感謝したい。

治ることも大事だけど、そのプロセスこそを大事にしたい。

そんな気持で、ちょっとずつ、ちょっとずつ、

今まで蓄積してきたエゴシステムを分解し、

愛のシステムを再構築しよう。

 

私は元々愛でできている。

そこへ還るだけのこと。

そのプロセスである「いま」を、まるごと味わおう。

 

 

●ラブスピースとは
   http://lovespeace-ashram.seesaa.net/

● 「自分を愛する」って素晴らしい!心の探究をしよう!
   http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/97681698.html

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2008.07.15 Tue l 日記 l top ▲
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