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4/8/2007 11:25 PM
前回の日記の続きがやっと書けた。
(と言っても、やっぱりまだ途中)
書くまでに、いくつかのノートを書き、相当掘り下げたつもりだった。
のに、書けば書くほど、新しい気づきが出てきて、きりがない(笑)。
雪だるま状態になって、またもや途中で終わってしまった(涙)。
ああ、でも、楽しい。とっても。楽しすぎるくらい。
もともと分析好きなので、たまらなく楽しい。
あ、楽しむポイントが違うか…。

******************
前回の日記の最後から

でも、その時、私が本当に見るべきものが、「少女の無念さ」だけでないことを、
直感的に感じていた。
もっと、大きな意味。広い視野で見るべきことがある、と。

「広い視野」
それは、「チャクラクリーニング」という言葉とともに、
すでにラブカードセラピーで、私に渡されていたエッセンスだったのだ。
*******************


「私は霊性に従って生きる」。
そう誓いを立てたイニシエーションから、ずいぶん時間が経った。
改めてふり返ってみると3週間近くになる。
その間、ずっと考えてきた。
何かが足りない。何かに気づいてない。
でも、それが何であるかが、わからない。
前回の日記でイニシエーションのことを記している時から、そのことだけはわかっていた。
まだ、何かに気づかなくてはいけない、ということを。

3日目くらい経った頃、お風呂に入っていてふと思い浮かんだ。
「執着」を手放す、ということではないのか、と。
私が見た3世代前の私の姿。
その少女――“ララ”というニックネームを着け、以来、こう呼んでる――・ララは、
自分も男性と同じように聖職に就き、信仰の道を歩むことを望んだ。
ララは「壁の中(僧院)に入ること」を渇望していた。
彼女は、霊性に目覚めたことを口にすることさえ憚られる環境にいたゆえ、
その渇望は、「霊性に従って生きる」ことへのこだわりだった、とも見える。
でも、その状況をもっともっと大きな、霊的な視点から見たらどうだろう。
「霊性に従って生きる」というのは、内なるものの在り方こそが大切で、
顕在のライフスタイル(例えば職業など)は一つではないはずだ。
ララにしてもそれは同じで、たとえ男性と同じように聖職に就けなくても、
その生涯で与えられた(自分が選択した)ジェンダー、能力、環境の中で、
自分なりに「霊性に従って生きる」ことはできたのではないだろうか。
いや、たぶん、そうしたのだろう。
それでも、彼女は悔しかった。悲しかった。恨めしかった。
「自分の理想どおりに生きる」ことに執着していたのだ。

イニシエーションの時、高次は言った。
「これは、スピリットのクセとも関わりあります」と。
そのクセが、「強い執着」であるならならば、今世の私も大いに引き継いでいる。

「執着」。この感情に今まで、どれほど助けられてきただろう。
エゴなのだけれど、私は、本当に「執着」のおかげでここまで来れたのだと思う。
いい時も悪い時も、常にいろんなものへの「執着」と共に生きてきた。

小さな頃から、負けず嫌いだった。
男勝りで、2歳上の兄にいつも対抗心を燃やしていた。
4歳上の姉には、さして何の感情も抱いていなかったのに。
兄は頭がよく、何につけよくできる人だった。
そして母の愛情と注目をいつも一身に集めていた。
――少なくとも、子どもの頃の私は、そう思っていた。――
そして、その感情は「私は愛されていない」という嫉妬を育てていった。
(家族への感情が、このクセと深く関わっていたことに、いま気づいた。このことは、また別途、ゆっくりと掘り下げてみようと思う)
幼少の頃の私を支配していたのは、「親や兄弟に認められたい」という思い、
それと、「男性というジェンダーへの嫉妬心」もあったのだろう。(これは新発見だ!)

学校に上がってからは、「執着」は私の味方になった。
勉強、運動、お稽古ごと、など、不自由なく習得できた。
「成績がよい」ことや「運動ができる」ことは、イコール、
「兄に負けないこと」「親や友達や先生に認められること(社会でのポジション獲得)」
そういう私の心の渇望をおおいに満たしてくれた。
唯一、数学だけはなぜか「執着」できなかった。というか、極度のコンプレックスをもっていて、途中で勉強をすることさえ放棄した。
(そういえば、兄は特に数学が得意だった。その後、建築系に進んだくらいだから、完全な“理数系頭”なのだろう。数学へのコンプレックスは、兄へのコンプレックスだったのかもしれない)
そのせいでもないだろうが、希望の大学には行けなかった。
でも、希望の仕事には就けた。それも「執着」の後押しがあったからだと思っている。
大学4回の時に、大きな病気をした。そのことで、就職活動もままならなかった私は、
いちどは、志望していた「マスコミ」の仕事をあきらめた。
でも、卒業を控えた3月になって、どうしてもあきらめきれず、
薄い薄いつてを頼って、小さな編集プロダクションに入れてもらった。
就職が決まったのは3月31日。次の日から出勤という、ドタバタ劇。
月給10万円という、いわゆる「丁稚奉公」だった。
その会社も、4ヶ月で首になった(笑)。
それから2年ぐらいの間で、もうこれ以下はないだろう、というとこまで転がり落ちた。
(ここでもエポックメイキングな、掘り下げがいのある事件があったので、また後日)
結果、私が作り出した自分の状況は、思い出すのも嫌なほど、かなり悲惨なものだった。
そんな惨めで、馬鹿げていて、果てしなく悲しい自分に別れを告げ、
自己のアイデンティティと社会的ポジションを取り戻せたのも、「執着」のお陰だったと思う。
「このままで終わるもんか」。
そう思って空を睨み付けた目は、あの時のララの目と似ていたかもしれない。

「私はもっとできるはず」というプライド、
「社会の中でもう一度認められたい」という執着が、
私にがんばる気力を与えてくれた。
いや、よく考えたら、それだけではないはずだ。
決定的な状況を作った事件には、その時付き合っていた男性も絡んでいた。
だから、「男なんかのために、私の人生終わりにされたくない」という思いもあったはず。
ここでもまた、「男性への対抗心」「女性である弱みに負けたくない」という思いが介在していたのだ(これもまた新発見!)。

その後、いまの会社に入ってからも「執着」なくしては続けて来れなかった。
3年ぐらい前だろうか。
上司(これまた男性)との関係がこじれて、うつ病になったことがあった。
その時の私にとって、“仕事”は自分のすべてであり、“職場”は自分の帰属すべき唯一のコミュニティになっていたので、
“仕事を辞めないといけないかもしれない”という現状は、とてつもない“恐怖”に思えた。
仕事に行こうとすると、身体が震え、冷や汗が流れる。
そんな状況なのに、「仕事を辞める」という選択肢を頭に浮かべるだけで、
まるで心臓をもぎ取られるような、苦しく、恐ろしい思いに苛まれる。
泥の中に生き埋めになったように、身動きがとれず、八方塞がりな気持ちで、
ただただ、息苦しく、恐ろしかった。
「このまま、ドロップアウトして、私は二度と社会に戻れないのか」
その恐怖が、いちばん強かったと思う。
いま、このことを俯瞰して見ると、いかに、自分の身体と心と精神に対してのケア(愛)がなかったか、あきれるほどだ(笑)。

でも、その泥の中から這い出す勇気を与えてくれたのも「執着」だった。
「このままで終わるもんか」
またしても、私はそう思った。動機は、あの時とまったく同じだ。
「プライド」「社会的地位・名誉への執着」「男性への対抗心」。
そして、この時は「金銭への執着」も増えていた。

私は、自分で心療内科に赴き、薬をもらったが、これは「対処療法にすぎない」と判断、
自費治療の「カウンセリング」を予約し、治療のために通った。
4回ぐらのセッションで、症状はすんなり治まった。
その単純さに、自分でも驚いた。
(その時に初めて、一種の“瞑想”状態を体験した)
「なんだ、こんなことだったのか」
そんな思いが強かったと思う。
(この時の体験も、私がセラピストを目指す、契機の一つになっていると思う)

かくして、またもや私は「執着」に救われた。
「執着」様様だ(笑)。
だから、この「執着」というエゴには、並々ならぬ愛着と感謝の気持ちがある。

こうしてこれまで、お世話になってきた「執着」だけど、
「もう、必要でなくなったんだ」
素直にそう思えた。
そして、「手放すこと」を決めた。

「今までありがとうね。さよなら」

手を振って見送った。
これで、すっきりした――はずだった。
が、違った!
私が本当に手放すべきものは、これだけではなかったのだ!

つづく

追伸:一気に最後まで行くつもりが、「執着」の内容を掘り下げて、別れを惜しんでるうちに(笑)、なんとも長くなってしまった。
ので、つづきは別途アップ。
さあ、いよいよ、次回、クライマックスが…(って、何の話や!?)。w
4/9/2007 2:58 AM
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2007.04.09 Mon l 日記 l COM(1) TB(1) l top ▲

コメント

いらっしゃい
ひろこさん こんにちは。
読んでくださってるんですね。ありがとうございます。
また、感想なども、よろしくお願いしまーす。

2007.04.09 Mon l ぴー. URL l 編集

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2007.04.09 Mon l
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