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今帰仁猫 

8月10日、母と沖縄へ。

沖縄へ誰かと来るのは初めて。

あ。じゃなかった。3月に、ラブスピースのメンバーと与那国に行ったんだった。。。

じゃ、2回目。^^

私にとっての沖縄は、これまでいつも、誰かと、また、何かと出会うために、来る場所だったから。

 

今回の旅は、以前のお仕事を卒業した記念に、両親への御礼の旅をしたいと思ったことから始まった。

父親は「しんどいし、やめとくわ。」とそっけない(笑)。

いつもの調子。

母にどこに行きたいか尋ねると「旭川動物園か、ちゅら海水族館」と。

調べてみると、旭川動物園の動物たちは、夏は苦手らしく、冬がオンシーズンとのこと。

では、真夏の沖縄へ、ということで、行き先は本部半島に決定。

 

北部に行くならば、足は車しかあり得ない。

空港から本部までは、高速を使っても、たっぷり1時間30分はかかる。

ただいま、「脱ペーパードライバーキャンペーン中」のわたくし。

運転、大丈夫だろうか。。。

何度もよぎる不安をふりきり、「大丈夫でしかあり得ない」と思い直し、決行。

探究しててよかった。^^ 以前なら、思いつきもしなかっただろう。

 

「すべては、自分の内が引き寄せる」という自然の法則を実感して暮らすこと、

「一人じゃない」「肉体を持った私はいつもスピリットと一緒」だと知っていること、

いつも自分にはさまざまな高次の援助があると感じること、

それらの存在が、私を不安から開放し、自由にしてくれる。

やりたいことに、果敢にチャレンジさせてくれる。

成功をしても、思うようにいかなくても、その結果を学びとして受け入れ、

チャレンジできたことに感謝できる。

全部、探究で手に入れたこと=自分の中によみがえった、「真の勇気」だと思う。

 

 

1日目はほぼ移動で終了。

夕方に本部のホテルに着き、ひとまず、サンセットだけでも見ようと、再びホテルを出た。

どこに行こうか、と思いながら、自然と今帰仁古城(なきじんぐすく)に向かう。

 

もう、ほとんど陽もくれた頃、今帰仁古城につく。

前回来たときにはなかった立派な券売所と駐車場ができていて、びっくりした。^^

 

城跡へ入る石段まで行くと、門番の猫が向かえてくれた。

あ。ここからは変わってないんだと、ほっとする。

きっと猫はあのときの猫ではないだろうが(笑)、ここにはいつも猫がいる。

私は彼らをここの門番と呼んでいるのだ。

 

門番に挨拶して、石段を登る。

石積みのゲートをひとつくぐると、結界の内に入ったのがすぐにわかる。

懐かしい。

いつもそう思う。ハートからそう感じる。

魂が喜びにふるえるような感覚をいつも覚える。

 

あたたかい。とても、あたたかい。

ずっとずっと古い家族に迎えられたような、そんなあたたかさ。

見えない存在と抱擁を交わし、「お帰り」と言われるような、そんな懐かしさ。

 

ただいま。帰ってきたよ。

じんわりと涙が浮かぶほどに、ここへの再訪は、いつもうれしい。

 

年老いた実在の母を気にしつつも、私の足は自然と早足になって、階段を登っていく。

上まで登り、茜色に染まった西の海を見る。

赤、ピンク、オレンジ、紫、青、白、黒、グレー。

あらゆる色がまじりあった空と海の境界線に、帽子をかぶせたような伊江島のシルエットが浮かぶ。

 

私は急に、ここで瞑想をしたくなった。

蚊が多いし、暗いし、人がいないし、と、早く帰りたがる母をなだめて、しばし、黙想の時を得る。

 

ここまで無事に着けたこと、こうしてまた懐かしい場所に帰ってこれたこと、

ここであたたかく迎えられたこと、この旅ができたことを、感謝する。

 

今帰仁小 

 

 帰り際、本丸跡に建つ、「火の神(ひぬかん)」さんに挨拶し、

行きに登った整備された階段とは別の、もうほとんど崩れてしまった旧階段を降りていく。

母の手をとり、一段一段、石を踏んで降りていきながら、「私はこの旅で、どんな自分を知ることになるんだろう」と考えていた。

 

母が「夜に出かけること、暗闇」が嫌いなことを初めて知った。

「動物園」や「水族館」に出かけることが好きなことも。

 

私はこの母を鏡として、自分を知るのだろうと思う。

それはきっと、古い愛、関係を再生させるためのステップなんだと感じた。

 

つづく。

 

 

☆ラブスピースとは
 ⇒http://lovespeace-ashram.seesaa.net/

☆「自分を愛する」っていい!心の探究をしよう!
 ⇒http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/97681698.html

 

 

 

 

 

 

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2008.08.11 Mon l 日記 l top ▲
 

スプレー菊

 

8月のコミュニケーション・シップ 月初のラブカードセッション

パートナーはaki。

 ●aki  ⇒**hummingubird**
       http://hanamaru-aki.seesaa.net/

akiのテーマ「8月のエッセンス」

左:「歓喜」18

下から飛び出したエッセンスカード:「ギフト」27

 

akiはいま、「自己自立」という目標に向かって、自分自身に変化を起こすために、自己創造をしている真っ最中。

カードを引いていて、私は自分自身の、変化のためのある行動が浮かんだ。

 

昨日、コンピュータを新調するために、電気屋さんに出かけた。

ヨドバシに行き、ヤマダ電機に行き、ソフマップに行き、あれこれあれこれ見くらべて。。。。

やっと選んでからもそのセットアップや周辺機器・加えるべきソフトのための説明が長いったら。。。

休憩を挟みつつ、たっぷり6時間くらいはかかった。

途中でどんどん疲れてきて、めげそうになった。

コンピュータに詳しい友人についてきてもらって、ホントによかった。

そんなときに考えていたのは、「コンピュータが新しくなったら、どれほど、サクサクとネットにつながるだろう」ってこと。

いま使っているコンピュータは、すでに5年以上前に買ったもので、いくらメモリを増やしても、基本的な性能に限界があるため、

いまの私がやりたいことを、やりたいスピードでするには、ちょっと無理があるようだ。

そのことを、先日、dozenの二人が我が家を訪問してくれた時に、指摘してくれていた。

 ●dozen/Ryu ⇒Dragon Diary /dozen
        http://dragon-and-lotus.seesaa.net/
 ●dozen/Ren ⇒Lotus Diary /dozen
        http://ryu-and-ren.seesaa.net/

 ※dozen/RyuはPの探究のエッセンスパートナー。dozen/Renはdozen/Ryuのパートナー。

 

ともかく動作が重くて、mixiであちこちのコミュをチェックしたり、blogをアップしたり、という作業が、異様に時間がかかるというのがいまの現状。

この状態を、dozen/Renは、「Pが変化をしたのに伴って、すでに、そのツールは合わなくなっている。変化に合わせて、ツールも変えていかないと」と表現していた。

探究の土壌を前進させ、作業も増えてきているいま、その状況にあわせてツールをも新調させる。

akiも同じ状況だ。

これは、自分がやりたいこと、つまり神聖さに沿うということに対して、自分から自分に贈る「ギフト」だと思った。

そして、その新調されたツールを使った日には、きっと、私は、コンピュータの動作の速さに、「歓喜」を味わうに違いない、と思った。

その「歓喜」は、そのまま、自己の神聖さを体現をするスピードにも反映され、さらなる「歓喜」を私にもたらすだろうとも思った。

コンピュータの機種とスペックと値段とデザインとを見比べながら、ややめげているとき、その「歓喜」を思い浮かべて乗り切ったことを、このカードから思い出して、akiに伝えた。

akiには、それが、「どうすれば、自分のハートの思いを実現できるか」というエッセンスになったと言っていた。

想像は創造。喜びや楽しさを思い浮かべて、その実現を引き寄せる。

これって、自己実現をするときには、何事においても大事だなーと思った。

 

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Pのテーマ「今月のエッセンス」

左:「自己探究」91

右:「依存・コントロール」14

  ↑このカードに対してのエッセンス

  左:「認識を深める」→「リラックス」→「実践」

 

「自己探究」は7月の頭にも引いた。

そのときのテーマは、「パートナーシップについてのエッセンス」だった。

今月は、自分でわかっている。

今月から、初めて探究者を担うことになったので、そのことについてだな、と感じた。

「依存・コントロール」については、akiが、前日にあったdozen/Ryu&dozen/Renからのエッセンスシェア(私はコンピュータ探しで、欠席していた)の中で、このことが語られていたという話をしてくれた。

そして、「認識を深める」も、7月の後半に引いている。

シェアの内容とも合致していた。

「依存には二つある。不全からくる依存と、神聖さへの依存と」

「大きな視野から見れば、神聖さに対しての依存はごく、ナチュラルなこと」

「依存」というと、イメージが悪いが、「100%の信頼」「裏切りようのない事実」とも言い換えれるのではないかと感じた。

そのうえで、その「100%の信頼」がおける事実を、自分の軸で考え、「自分で選択すること」が大事だとシェアでは話されていた。

「100%信頼できるもの」さえも、「自分の意志で選択する」というリアクションを抜かしては、依存になる。

「盲目」を許さない、神聖さの法則のすごさだな、と思った。

 

そういうことを、今月は、再認識していく。

いままでの単純な理解ではなく、さらに深い認識として、自分の中に浸透させていくこと。

そして、それを、探究者との学びで生かしていくこと。

それが、自己探究⇒自分を愛することにつながる。

 

「リラックス」→在りのままで。

無理があるってことは、誰かや何かをコントロールしているって証拠。それがなければ、ナチュラルに、肩の力を抜いて向かえる。

自分も、他人もコントロールしがちな私には、すごく必要なエッセンス。

 

「実践」→あとはやるのみ(笑)。

 

やっぱり、まだまだ続く、このブーム。

近頃のラブスピースの“これが来てる!”は

「原点回帰」&「基礎のバージョンアップ」 

この流れの中を、私はまさに泳いでいる。

 

 

「自分を愛する」っていい!心の探究をしよう!
http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/97681698.html

Pカフェ開催! Pに会いに来てね
 ⇒http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-110.html

 

 

2008.08.04 Mon l 日記 l top ▲
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