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私は、女性として神聖さを体現する


1月の奉仕・守護レッスンシェアに参加。シェアの前の奉仕リーディングから、いま必要なことを受け取った。
いま考えると、これに先立つ3日間のレッスン時に、すでに課題への布石は打たれていた。

3日間の守護レッスンを通して一番浮上したのは「聞く・受容する」ということ。
このことは、守護レッスンについての日記にまとめた⇒「聞く・受容する」の本質 ~守護レッスンから得たこと~http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-83.html

この3日間のレッスンで、もうひとつ浮上した、私のいま取り組みたい課題は「女性として神聖さの体現をすることを自分に許可する」。
なんと、私は自分が女性というジェンダーであることを、卑下し、嫌悪感を持っているということが、わかった。と同時に、男性というジェンダーに対しても敵視しているのだ。
なんという自己矛盾! なんという悲しい事態! 女性であることも男性であることも拒否するならば、私はどこにも居場所がないことになる。
これは、スピリットが持っているクセとも関係があるのだと思う。
今抱えている問題の原因が前世の体験や記憶にあるのではない(と、本に書かれてあった)。
あくまでも、同じ学びを世代を超えて持ち越してきてるだけ。内の問題。
以前、「3世代前の私の姿」をReを通して見せてもらった。⇒過去日記「大切なイニシエ2 誓い」http://urappy.blog94.fc2.com/blog-entry-11.html
その時は、女性であることで、神聖さの体現ができない少女の葛藤の姿を見た。私は少女に誓った。私が今世で体現してみせると。
それなのに、やっと、女性として神聖さの体現をする入り口にたったいまも、私は自分が女性であることを認めていない。女性として神聖さを体現することを了承していないのだ。
私がへこんでいると、Reからアドバイスをもらった。
「あの時みた(3世代前の)女の子は、女性として、神聖さを体現したい。女性として神聖さの役割を果たしたい、活かしたいと思っていたんやと思う。Pがそれをしたらいいんとちゃう?」
そう。そのように私も誓った。その体現を阻んでいるのは自分の中の何なのか。
それが、この日にあった、奉仕&シンボルリーディングで明らかになっていた。


【具現】
皆より1時間送れて奉仕に参加。すでに皆、奉仕に勤しんでいる。何をしていいかわからず、誰かに聞こうかどうかウロウロしていたら、Ryから声がかかった。「机の上に置いた紙を左右どちらかの手で引いて、そこに書かれている仕事をして」とのこと。
左手で「ご飯を炊いてください。1.5合」を引く。引いた内容をReとRyに告げてそのまま台所に行こうとしたら、Ryから「どうやって炊くか訊かんでいいの?」と促され、Reに炊き方を訊く。「みんな知ってるから、誰かに訊いて」と言われ、台所へ。
台所にMuが居たので、ご飯の炊き方を訊き、米を研ぐまでの作業にかかる。
その際、シンクに汚れた食器があったので、反射的に洗おうとしたが、Muに確認したうえで、それは別の人の仕事であるゆえ、やらない方がいいよとの言葉に従う。
お米を計ろうと思い、軽量カップを見ると、160ccのカップだった。Muは「このカップに1杯半お米を入れて、1杯半の水を入れる」と教えてくれた。が、自分の頭の中にある「1合は180ccである」という認識、また「ご飯を炊くときはお米より少し大目の水を入れる」という認識と合致しないため、しばし逡巡する。「1.5合は、このカップでの1杯半でいいのか、実際の1.5合でいいのか…」。迷っているとRyがやってきて、「P、わかるか? カップに1杯半お米を入れて、1杯半の水を入れるねん」と、Muと同じやり方を教えてくれたので、これがここでのルールなのだろうと思い、その言葉に従う。
お米を研ぎ、鍋にセット。炊き方をSoに訊き、教えてもらう。その通りにして、作業終了。
Re、Ryの元に戻り、次の仕事の紙をひく。
右手「炊いたご飯をおにぎりにしてください」だったが、ご飯はさっき火にかけたところだったので、Reに確認して次の紙を引く。
右手「洗濯物を干してください」。ランドリールームに行き、すでに洗いあがった洗濯物を干す作業にとりかかる。
作業をしていると、Muが干す際の注意点を教えてくれたので、それに従い作業を進める。
作業を終えたSoから、「何か手伝おうか?」と声がかかったが、「大丈夫」と答えて続行。皆がリーディングを始めているのに、私は一人作業をしていた。隣室から、Ryが「こんなに人数がいるのに、Pはまだ作業をしているな」と(それに近いことを)言っているのを聞き、「声がかかった時に、申し出を受け入れたらよかったんだ」と思う。
作業の最後のほうで、ハンガーの具合なのか、同じTシャツが2回、ハンガーラックからずり落ちる。見ると、3尾の魚の絵が描かれた長袖Tシャツ。また、最後に、紫の靴下が1足だけ残った。
作業を終え、隣室に向かうとき、お風呂場と洗面所の電気がつけっぱなしであるな、消さなくていいのかなと気づいたが、スルー。行きがけに洗面所のドアが開けっ放しであるのが目に入ったが、気づいてないかのようにスルーした。
リーディングを始めると、Reから「お風呂と洗面所の電気がつけっぱなし。ドアが開いたまま。これもリーディングしてね」と言われ、自分がすべてをスルーしたことに気づく。

【エッセンス】
★は、リーディングシェアでdozenからアドバイスをもらった箇所
◎は、後日の落とし込みで追加した箇所
遅れ:自らに課した制限、恐れ。
ご飯を炊く:滋養物をとる準備
1.5合:1+5で6=導き(P案) ★2に至らない、0.5足りない学び。1=新たな始まり。2=男性性と女性性のバランスをとる必要性。
計り:人生のバランス
180:1+8+0で9=完成。過去のものが終わること。/◎古い(不要になった)概念、執着の象徴、自我領域のルール ★過去の終息
160:1+7+0で7=7つのチャクラ。市と再生の周期。/◎新たな概念の象徴、神我領域のルール
★20の差にこだわる:10×2⇒10:新規やり直し/この差にこだわるということは、“マイルールで突き進もうとしている”。
洗濯物を干す:★洗濯する時には必要であった水分を乾かす作業は、不用になったエナジーを飛ばし(手放し)、神聖さ、体現のサポートをする作業。体現する(衣服を身に着ける)際に、水があったら心地よくない。
魚:瞑想。精神の栄養。 ★3=三位一体 ★精神的・霊的食べ物
紫:知恵、知識、加護
★1足だけの紫の靴下:紫は霊性。足は土台を表すものなので、それが片方しかないということは、バランス、男女性のバランスをとりなさい。
風呂場・洗面所の電気がつけっぱなし:もはや必要でないところにエナジーを注いでいる
ドアが開けっ放し:チャンスがあるのに、見えない、気づかないふりをしている ★ドアが開けっ放しだと、暖房が効かず、心地よくない。ドアの開けっ放しを見てみぬふりをするということは、心地悪さに対して同じことをしているということ。

【リーディング】
自らが課した制限で、神我領域での神聖さの体現が遅れています。また、神我領域での体現について戸惑いがあります。内なる高次の自己の男性性は、あなたにいま必要なことを霊的必然に委ねなさい、と促してくれています。
いま必要なのは、女性性がより高い霊的学び、導きを受け入れる準備をすることです。
顕在のあなたは、その方法について知らないまま(無防備なまま)事にあたろうとしています。すると、内なる自己の男性性は、「内なる自己の女性性にやり方を尋ねなさい」と促してくれます。
内なる高次の自己の女性性は「サポート体制がすでにあるので、そのサポートを受けなさい」と言っています。
その言葉通り、あなたは自らの働きかけにより、体現の場で仲間のサポートを受けることができます。しかし、あなたは不要になった信念やマイルールに固執し、新しい概念や神我領域での法則に従うことに抵抗を感じています。また、無意識に境界線を逸脱しがちなことにも注意が必要です。そうならないためにも、仲間に訊くとよいでしょう。
内なる高次の自己の男性性も、神聖さの法則に従えばいいと促してくれています。その言葉に励まされ、あなたは神我領域での法則に従って、より高い霊的学び、導きを女性性が受け取る準備をすることを決意します。さらに体現にあたって、仲間のサポートを受け入れ、それを成し遂げます。
次に必要なことを霊的必然に委ねて訊くと、さきほど終えた、女性性がより高い学び、導きを受け入れるという準備を、男性性が実践に移し、さらに学び・導きが取り入れ易いようにする作業であることがわかりました。しかし、準備は始まったばかりで、男性性が動に移す状況にはありません。そのことを受け入れ、先にすべきことをしましょう。
内なる高次の自己の女性性の促しで、先にすべきことを霊的必然に委ねると、不要になったものを手放し、神聖さの体現のサポートの動を男性性がとることだとわかりました。
あなたはその体現にとりかかります。ここでもあなたは無防備にマイルールにて進めようとしますが、仲間のサポートで、その方法を知ることができます。体現が遅れているのをみて仲間がサポートを申し出てくれますが、あなたはそれを受け取りません。体現をスムースにするため、また、仲間との調和を保つためにも、サポートを快く受け取るようにしましょう。内なる高次の自己の男性性もそれを望んでいます。
この体現には、精神をリラックスさせ、心と魂と身体を一体にさせることが不可欠です。瞑想はその最たる方法でしょう。いま、あなたは、霊性のバランスがとれておらず、無防備な状態です。男女性のバランスをとるようにしましょう。
あなたの女性性は、もはや不要になった場所や物事にエネルギーを注いでいることに気づきながら、声を出して、男性性にそれを改めるリアクションをとるように促していません。また、女性性も、霊的に心地悪い状態があっても、気づかないふりをしています。それは霊的に無防備な状態です。内なる高次の女性性はこのことを認め、受け入れるように促しています。

【学び】
神我領域での神聖さの体現にあたって、私がまずとりくむことは、
女性性がより高い霊的学び、導きを受け入れる準備をすること。
そのためには、すでにあるサポート体制を活用すること。人の話を訊く(受け入れる)こと。マイルールに固執しないこと。
次に必要なのは、女性性がより高い学び、導きを受け入れるという準備を、男性性が実践に移し、さらに学び・導きが取り入れ易いようにすること。
そのためには、不要になったものを手放し、神聖さの体現のサポートの動を男性性がとること。
大事なのは、女性性が声に出して、男性性にはたらきかけること。女性性が自分をごまかさないこと。無防備でいないこと。

奉仕後のシェアで、Reからもらったアドバイスは、「周りが知っているから訊きや」。私の学びはこのメッセージに集約されているということ。

本日の愛の学び
「訊く(受容する)」。これを深めていくのだ!
マイルールは無用。エネルギーの無駄遣いをやめよう!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下、1月の宿題(Ryとの接触リーディング)

【上記リーディングから、Ryとの接触リーディング部分のみ抜粋】
内なる高次の自己の男性性は、あなたにいま必要なことを霊的必然に委ねなさい、と促してくれています。
内なる自己の男性性は、「内なる自己の女性性にやり方を尋ねなさい」と促してくれます。
内なる高次の自己の男性性も、神聖さの法則に従えばいいと促してくれています。
体現をスムースにするため、また、仲間との調和を保つためにも、サポートを快く受け取るようにしましょう。内なる高次の自己の男性性もそれを望んでいます。

【学び】
内なる高次の男性性の促しを訊くこと。その促しに従えば、スピリットの意志を訊くことができます。

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2008.01.27 Sun l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
「聞く・受容する」の本質 ~守護レッスンから得たこと~

1月のラブスピースレッスン日、12・13・14日の3日間で、初めて「守護」レッスンを体験した。
「守護」とは、神聖さを守ること。自分の神聖さの体現であるReを守護することにより、自分の神聖さをも守護することになる。

「守護」は、私にとって非常に特別なことだと感じてきた。
ラブスピースにふれる以前から、“誰か(何か)を守ること、それが私の定め”と直感で感じることが多かった。
誰(何)を、何のために守るのか。それはずっとわかならなかった。でも、いつも“守るべき人”を探していたように思う。
ラブスピースにふれたとき、Reにふれたとき、心の帰り処を見つけたような気がしたのは、“守るべき何か”を見つけたからかもしれない。
1月から、d-stageメンバーも「守護レッスン」に参加できるようになった。
その告知が出たとき、すぐさま「やりたい!!」と思った。
4日目のシェア時間が、仕事のある時間帯であったので、ややためらったが、自分のハートの思いに従うことにした。

「守護」レッスンの参加者は、高次のガイダンスをとるのだが、まず、これは通過。
嬉しかった。
とはいえ、3日間のレッスン中に実際の「守護」の役割ができるかどうかは、これまたガイダンスによる。
私は、もちろん、「守護」のメインをしたかったが、同時に「指名されたらどうしよう」という恐れもあった。
そして、矛盾するのだが、「指名されなかったらどうしよう」という恐れもあり、複雑な不全が心を取り巻いていた。
振り返ってみて気づくのだが、これらの感情の動きは、「自分のこと、それも自分の不全(エゴ)にだけフォーカスする行為」だった。
じつのところ、肝心の「守護の中身」には、私はまるでフォーカスしていなかったのだ。
そのことに、レッスン初日の朝に直面することになる。

初日の守護パートナーは、ナワール(女性性役):Mo、トナール(男性役):Ze。
私は、d-stageの打ち合わせがあったので、11:00に西友の喫茶店に行った。
ほどなく、守護パートナーの二人も来た。守護につていの打ち合わせをするためだ。
d-stageメンバーと打ち合わせをしていると、Akの携帯にReから電話が。モーニングを食べたいから、注文しておいて、との用件だった。
はっとして、自分の携帯を見た。着信なし。たぶん、電波が微弱で、つながらなかったんだ。
その時、自分がすっかり「守護」であることを忘れていたことに気がついた。その意識があれば携帯は繫がっていたはずだから。
「守護は、メインでなくとも守護」。「常に守護の意識を持つこと」。まず、このことをコミットする。

2日目の守護パートナーは、ナワール:So、トナール:Ma。
ナワールが得意なMaと、トナールが得意なSoが互いに歩み寄り、ハートから協力し合い、力を合わせて守護にあたっていた、その姿がとても印象的だった。素敵だった。
ナワール(女性性役)とトナール(男性性役)は、内なる男女性を体現したもの。ゆえに、役割が違う。
ナワールは守護パートナーにおいては、女性性の役割を担う。発案し、意志を伝える役。
対してトナールは、その意志を聞き、受容し、動に移す、体現する、という男性性の役割を担う。
守護の対象になる高次(この場合はRe)に主に接っし、その意思を聞くのは、ナワールの役割。つまり、守護のナワールは、高次に対してはトナール(男性性役)の役割を果たすことになる。
この男女性の役割について、しっかりと把握し、互いの境界線を守ることが、守護をするには必須となる。
この役割の理解ができていないのは問題外で、たとえ頭で理解できていたとしても、「体感」つまり「経験」が伴わなければ、真の理解ではないことを、翌日、痛感することになる。

3日目の守護パートナーは、ナワール:P(私)、トナール:So。
ついに指名がきた! 嬉しい。恐い。でもやっぱり嬉しい!
前日に、Soからのメールで、自分が守護にあたることを知らされ、しばし舞い上がってしまった。
夜のうちにSoと打ち合わせをし、心の準備をした。
翌朝は、いつもより早く起きて、会場の鍵を受け取りに行く。Soとの約束は10:15~20頃。
嬉しくて、なんだかソワソワして、約束よりも早い10:10頃に会場に着いた。
鍵を受け取り、会場に向かおうと、エレベーターを降りると、ちょうどdoの二人にばったりと会った。
なんという絶妙なタイミング!
「ああ、これは、私の“守護をしたい”というハートからの思いと体現に対してのスピリットからの祝福なんだな」と思った。
Soへのメッセージと鍵を受け取り、会場へ。doから守護チームへの連絡がひとつ省け、事がスムースに運んだ。
会場に入り、Soとスピカフェの席順を決める。守護はdoの隣、その他のメンバーの位置も、吟味する。
他のメンバー同士の配置もルールズに則り、決める。パートナーのいる男女の横は同姓にする、などなど。
守護であるAryan Margaのメンバーは、点々と配置し、皆が楽しく過ごせるように配慮する。
皆がリラックスし、楽しみ、場のエナジーがスムースであれば、それがReにとってもリラックスになる。つまり守護につながる。
たかが席順、されど席順。
頭では理解していたつもりでも、守護を体験しなければ、この重要性はそれほど身にしみなかったと思う。
体感し、初めて真の理解となる、を実感。

レッスンが始まってからは、気が気でなかった。何をしたらいいのかわからず、終始ソワソワ。
休憩中も、Reの側に立つものの、何を話していいのか、そもそも話していいのかわからず、呆然とするばかり。
これではReはリラックスするどころの状態じゃないのが、自分でもわかる。
その一方で、Soは意識して、トナールの役割を果たしてくれる。
ナワールである私をリラックスさせ、動をとる。
私のいいところを褒め、なにかと世話を焼いてくれる。役割とわかっていても、やっぱり気分がいい。
“気持”の力って、スゴイ。
誰かが誰かに対して抱く好意的なエナジーって、こんなにスゴイんだ!
私はReにできなかったけど、次回のために、この感覚を自分の中に取り入れようとコミットした。
このSoのフォローがなかったら、私はへこみにへこんで、さらに守護の役割に支障をきたしていただろう。
メインの守護を外れているメンバーもしかり。Soをしっかりとフォローしている。
守護は連携プレーなのだな、と振り返ってみてつくづく思う。そのつながりの力が、へこみをカバーするのだ。

スピカフェではReの隣に座り、少し話しをした。
その中で衝撃的だったのが、「聞く・受容する」という話。
「Pは私の話を聞けてない。聞く体制にない。だから、会話を遮ってしまう」と。
会話を遮る、というのは、実際に言葉で、というよりも、エナジー的にだと感じた。
「聞く・受容するということについて、Aryan Margaメンバーに聞いてみたらいいよ」と促してくれた。
皆に話をきいた。印象的だったのがSoの話。
「映画、マリアの中で、マリアが受胎告知を受けるシーン―――胸に手をあて、ひざまずいて、頭を垂れ、告知を受け入れるシーン―――あれが、聞く・受容するってことの本質を現してると思うの」。
伝えられたことに、一点の疑いも抱かず、すべてを受け入れる。神聖さに自分を明け渡す(軸は自分のまま)。媒体(パイプ)になる。
私は聞けていない。聞く体制にない。
その通りだと思った。私は人の話を聞くとき、すぐさま反応をしようと、どこか身構えている。
ともすれば、相手の話がまだ終わってないうちから、反応し、反応を表現している。
例えば、表情を変える、心を閉ざす(耳をふさぐ)、心の中で反論する、聞き終わらないうちに“わかった”気になる、相手をコントロールしようとする、時には実際に声に出して言葉を挟む。。。
確かに、エナジーを遮っている。すごい勢いで。
そこには、自分が傷つかないための防御反応も含まれている。
機敏な反応をして、相手に認められたいという思いもある。
インナーチャイルド(心の傷)が示す不全の反応だ。
媒体(パイプ)は、反応をしない。反応は感情。感情はマインドが発するもの。神聖さを受容するときに、マインドの感情はしばしばそれを阻害する。
神聖さに由来する歓喜はいい。闇・不全に由来する恐れは要らない。
恐れず、すべてを受け入れる。これが、真の聞く、なのだろう。

私にとって「真に聞く・受容すること」が、いまどれほど必要なことであるかは、翌日の守護レッスンシェアの前に行われた奉仕&シンボルリーディングでも実感した。
奉仕&シンボルリーディングの日記はこちら⇒

この日のレッスンは、午後から「Reを探せ!」だったので、doと我々は分かれての行動。
Doを探しあてねば、守護の役割も果たせない。
「Reを探せ!」は楽しいけど、なかなか難しいレッスン。
ある程度範囲を絞った街中に出かけていった二人を、直感とシンボルリーディングだけで、探し当てるというもの。
今回は範囲がかなり限定されているので、歩き回る範囲が少ないだけ嬉しいが、街は成人式の人の群れでごった返す河原町だ。

「Reを探せ!」シンボルリーディングの日記はこちら⇒☆☆ただいま準備中です☆☆

結局、私はレッスン中はdoを探し当てることはできず、守護もできなかった。数人がdoと会え、守護であるSoもその中にいた。
駅でdoと合流してからも、自転車置き場の位置を事前に確認していなかったので、会場に帰る道すがらも守護できなかった。
想像力。行動の先を想像して、行動する。これって守護の役割に欠かせないな、と実感した。
会場に戻って「Reを探せ!」レッスンのシェアをした。
探し当てられなかったメンバーは、3時間余り冬の街を歩き回って、さすがに疲労感たっぷり。私も右に同じだ。
その最中に、Reから会場の時間延長に関しての指示が出た。私はよそ見をしていて、Soが代わりにその意志をキャッチして動いてくれた。
意識が散漫になり、完全に守護が甘くなっていた。
意識を継続させること。これもまた守護には欠かせない要素なのだと、最後の最後に痛感した。


翌日の夕方から夜にかけて、守護レッスンのシェアが行われた。
このシェアに向けて、私は夜に、守護レッスンをじっくりと省みた。
見えたものはたくさんある。
一番感動したのは、「この守護レッスンが、いかに高次たちからの愛あるギフト」であるかということ。
守護の役割は、Reが高次のガイダンスを受けて発表される。
私がレッスン3日目に守護のメインに当たったのには理由がある。
3日目は、「Reを探せ!」レッスンが予定されていたので、おのずと、守護をする時間が少ない。不慣れな私が長時間守護をしていたのでは、Reもリラックスがままならない。このことに配慮がなされての3日目であったのだと思う。
私がナワールであるのは、いま私に必要な、「聞く・受容する」「女性として神聖さの体現をすることを自分に許可する」というレッスンを、女性性・男性性両方の側面から目の当たりに学べるから。事実、そうなった。
また、前日にナワールを体験し、多くの学びを得たSoが、元々得意とするトナール役で、ナワールである私をフォローしてくれ、それによって大きな差し障りもなく全体がスムースに運んだこと。これも高次たちにはお見通しだったのだと思う。
なんて大きな、思慮深い愛なんだろう!!
私は、布団の中でそのことに思い至り、涙が出た。感動した。嬉しかった。
シェアでは、それをみんなに伝えた。
Reは「この、ホンマにようできてるな!という(高次の配慮ある指示)に、いままで、どれほど降伏してきたことか」と、自らの真実を語ってくれた。

みんなのシェアも学びが深かった。
印象的だったことを抜粋してみる。
Ze「(守護における)男性性・女性性の役割の質があがり出していると感じた」。
つまり、今まで以上に、守護をするためには男女性のバランスを取る必要がある、ということ。これにふれて、Reからもアドバイスがあった。
守護のナワール(女性性)・トナール(男性性)は、恋愛における男女の役割にも似ている。だから、「ルールズ」が参考になる。男性性はいかに女性性を“気持ちよくさせ、コミュニケーションをとり、与え、仲良くするか”。“どうやって気持を引くか”を考える。(女性性にとって)楽しい話、女性性の意志に沿うこと、など。
Mo「以前の情熱を取り戻したいと思っていたら、トナールが回ってきた」「d-stageのメンバーも動いてくれ、周りの協力体制ですごく助かった」
自分の内は必ず外に反映される。まず、最初に「内」がある。ということは、「皆が協力してくれた」ということは、Moの内の男女性の調和がとれてきたいう証拠。事実を認める。これが内の状態を見る最も有効な方法なんだと実感。
So「Maが積極的にコンタクトをとり、自分を尊重してくれたことで、ナワールの体現がスムースにできた」
 「Pの中の開花しようとしている女性性に、“与えたい”と思った」。
Soもまた、内の状態がこの守護レッスンに反映されたんだと感じた。学びたい、体現したい、という思いの現れ。
私には、このSoの気持とリアクションがとても嬉しかった。これは私がいま必要としていることとも大いに関係があった。
Mu「守護メイン者から支持があった時、以前は、“なぜそうするのか”を知りたがっていたが、それが気にならなくなった。探求と同じ」
“顕在は後からついてくる”。これは探求には必須のエッセンス。これと守護の動きは同じ。理由は後からわかる。守護に必要な動を促されたら、それを受容し、リアクションする。
これが、「真の聞く・受容する」ということ。

1月のレッスンでdoが実感したこととして、次のようなことを語ってくれた。
守護のメイン者だけでなく、その周囲(Aryan Margaやd-stageメンバー)も守護の意識をもち、協力することによって、“守護が強化された”ことによって、Reが(今までより)自由に奉仕をすることができた。すると、Ryとd-stageメンバーとのコミュニケーションができるようになってきた。そのことは、Reにとってもとても安心できることであり、結果として、より神聖さにフォーカスすることができた。
ナワール・トナールが互いに配慮しあうと、それが周囲にも波及することで、協力が生まれてくる。
守護レッスンでの学びは日常に生かされる。自動的に自分を守護できるようになる。
守護のレッスンは、doに「移動」という動きがあった方が、より学びが深くなる。
この守護レッスンシェアはとても大切。でも、守護を体感することは、それ以上に大切。


これら、一連の守護レッスンからの学びは、いまの私にとって、本当に大きかった。
何より、このレッスンは、私に、いまにフォーカスすることを強力に促してくれた。よい意味で“骨身に染みた”。
その学びを活かすためにも、よい機会なので、「守護」について、これまで学んできた知識と合わせてまとめておきたい。

守護には、いろんなエッセンスがある。10月にレッスンで学んだことを、振り返ってみる。
守護についてのエッセンス:
・メンテナンスの意識の実行(常にエネルギーワーク・瞑想をし、自分自身とスピリットのつながりを強化しておく)
・自己責任(自己信頼/他者信頼)、宇宙(愛の)法則、コミットの明確さ
・攻撃を断ち切る強さ(エゴに対して面と向かない、感情に振り回されない)、広い視野、先手(を打てる霊的機敏さ)
・境界線を越えない。多角的に見る。
・物事を観察する(判断は不要)=見抜く

守護は、守護する者(内なる自己<Re<高次の自己<スピリット<高次<神聖さ)を“神聖なリラックス”状態に保つことが大事。
Reの神聖なリラックス状態は、“心地よく奉仕をしている”状態。
◎Reの高次への奉仕はアクセスを伴う。したがって、アクセスに集中するためのサポートをするのが、守護につながる。
◆環境の創造
 ・会場となる場所に、事前にグリッドを張り、神聖さを保つ。
・アクセスが始まったら、場を共有する皆へ伝達・促し、静寂さ・神聖さを保つ。アクセス内容を記録する。→メモ・レコーダーなどの用意。
◆肉体をリラックスするためのサポート
・事前に、加湿器・アクセス中にまぶしすぎない様に、暗めのランプの用意。
・アクセスが始まったら、座る(または横になる)よう、環境を創造する。体温調節できるツールの準備。
◎3次元の者への奉仕は、霊性の波及のための体現。これがスムーズにできるためのサポートをするのが守護につながる。
◆環境の創造
Reの意志をスムーズに体現できるようにするために、
・常に「聞く・受容する」体制でいる。また、聞いた内容を速やかに場を共有する者に伝え、行動を促す。
 →守護メイン者は、doと別行動であっても、常に予定を知らせておく。
 →守護メイン者は、常にdo携帯で連絡がとれる状態にしておく(メイン者のどちらかがレッスンを担当している時などは、サブに携帯を渡しておく)。
・場を共有する皆が流れにのり、スムーズな動きをしているように目を配り、促し、場を創造する。
・(自分も含め)霊的必然のある者との会話に集中するためのサポートをする。
・余分なエナジーが飛んでこないようブロックをする。
・メイン者以外の者も守護を意識し、全体を安全な状態に保つことで、Reは安心し、体現がスムースにできる。
・他のメンバーが神聖さに沿って心地よく過ごすことで、Reのリラックスは促される。



本日の愛の学び
「知識」→ +「体感(体験)」→ +「知識を体感に照らして深める」=真の認識 となる。

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2008.01.27 Sun l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
ラブスピース 1月シップ活動《前半のラブカードセッション》からの学び

☆シップ活動とは→http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/65466683.html


1月ラブカードセッション〔前半〕
1)パートナー:Ze
セッションをする前日に、階下のおじさんが「あんたんとこの暖房の音がうるさくて眠れへんのや!」と怒鳴り込みにきたというネタがあったので、「男性性」についてのエッセンスを引いてもらった。
左 ギフト 25
右 扉を開けて 3
 この「扉を開けて」についてのエッセンスカード
左:頭の中のおしゃべりに注意を払う 11
右:ギフト 25

前日の夜、疲れているにも関わらず、明け方までごそごそと片付けをしていた。普段はあまりエアコンをつけないのに、この日に限って、確かにエアコンをつけていた。どうやらその室外機の音がとてもうるさいらしかったが、それは、このシップをやった後日に気づいたこと。おじさんが怒鳴り込みに来たときや、セッションをした翌日には、そのことを自覚していなかった。いずれにせよ、私は自分を愛する行為からかけ離れた行動をしていたことになる。
カードからみてとれるのは、「次の段階へ進む扉を開ける(動をとる)。それが自分・スピリットにとってのギフトになる」ということ。そのためには、「スピリットの声を聞くこと。これが、顕在へのギフトにもなる」ということ。
“おじさん事件”に絡めて読むと、「夜、静かな時間(瞑想の時)を持ちましょう。相手への配慮が、自分への配慮にも繫がる。それが、自分へのギフトとなる」ということ。
そして、私は、この日を境に、「深夜型の生活をやめる努力をしよう!」と決意し、実行するようにしている。
夜早く就寝するということは、瞑想の時間を少しでも持てるということ。また、朝早く起きることによって、「遅刻するんじゃないか」というストレスも減ってきた。

2)パートナー:Ak
前回のセッションが「男性性」についてのエッセンスだったので、今回は「女性性」についてのエッセンスをテーマにした。
左 実感と確信 70  
右 5
この2枚についてのエッセンスカード
左:頭の中のおしゃべりに注意を払う 53
右:インナーチャイルド(心の傷) 17

右の「5」はチャクラかな?と感じた。喉風邪をひいていたことにも関係あるのかもしれないと感じた。すると、パートナーから、素敵なアドバイスをもらった。
「女性性についてのエッセンスだから、男性性とのコミュニケーションの部分。実感と確信って、実践しないとついてこない部分やね・・」
まさに! 女性性が欲するものを体現(言葉に)すること。その体現があってこそ、実感と確信ができるということ。「5」=喉のチャクラは変化を受け入れる部分。これに関連して「インナーチャイルド」が出たということについても、「インチャ(不全)で行動している部分。これって、自我が自分を守ろうとしている行動やん。で、霊性に沿う行動を起こす時に今までの行動とは違った変化に抵抗しようとする。」というアドバイスをもらった。
変化を不全で妨げないこと。そして霊性を体現していく時。1月は「体現」がテーマ。それを助けてくれるのが、スピリットのつながりなのだな、と感じた。

本日の学びどころ→ともかく、実践あるのみ。頭で理解しただけでは先に進まない。


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2008.01.20 Sun l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
日記の日付が前後しますが、12月の3日間のイニシエについての記録と、
そのリーディングを。

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12月22日・23日・24日と、3日間連続でイニシエーションを受けるギフトを引き寄せた。
22日と24日は前々から受けたいと思って早めに申し込みをしていた。
23日はいつもならすでに定員いっぱいになっていてもおかしくない日程での申し込みだったが、受けることができた。
24日は、23日のイニシエで激しい変容と解放が起こったので、休息日。みんなで行うイニシエの場をシェアすることができた。

**22日**
イニシエーションの前に、身体をリラックスさせ、エナジーの通りをよくするために、エネルギーワークが行われた。
みんなが床に寝そべって、誘導瞑想で、全身の力を抜いていく。
余りにも気持ちよくて、眠ってしまう人続出。
私は呼吸に意識を持っていくと、お腹のあたりがかすかにポコポコと動きだし、軽い変容状態になった。
すっかりリラックスしてから、スピカフェを挟んでイニシエーション。

最初に高次の指示のもと、少しエネルギーワークが行われた。
この日は会場が広かったので、高次の提案で、イニシエ申込者やサポートをする人以外の人も加わり、
「ゲームスタイルの、エナジーを感じるレッスン(と呼んでもよいと思う)」を通してのイニシエが行われた。
参加者全員が車座になって目を瞑る、ちょうどハンカチ落としのように、円の後ろを高次が歩き、そのエネルギーの動きを覚えておくように、と促しが入る。
次に、高次から指示のあった者が、センターに置いた花を1本手に取り、元いた場所の反対外に歩いて円の外に出る。
その人は、円の外側を回りながら、花を誰かの後ろにそっと置く。置かれた人は、それをエネルギーの動きで感じて、気づき、
今度はその人が円のセンターに行って、花をとり、同じようにする。この繰り返し。まさに、ハンカチ落としならぬ、エナジー落とし。
目を瞑っているので、なかなかこれが、エナジーを感じ取るのが難しい。
花を置かれているのに気づかない。置かれていないのに振り返って確認する。そのたびに、「愛しています」とアファメーションする。
エナジー落としの次が、「色を感じるレッスン仕様」。
今度は椅子を円に並べて各自が座り、高次に示された人が、円の外側を歩いて回りながら、座っている人の肩に触れて、「感じた色」を言っていく、というもの。
各人がそれぞれに「感じた」色を言っていくのだが、なぜか私は、「黄色」「オレンジ」と言われることが多かった。
だんだん、円の外側を歩く人のスピードがあげられ、複数人が入れ替わり立ち代り、円の外側を色を言いながら歩いていく。
瞬間瞬間で、その人の「色」を感じ取りながら、声に出していくと、これがまたなかなか難しい。
身体を動かしながら、感覚を開いていくこのスタイルは、とても楽しかった。
普段の生活では使わない身体の部分を動かしているような感覚。肉体でいえば、“ストレッチ”のような。
身体も心も軽い運動&リラックスをして、心地のよい眠りについた。

【エッセンス】
黄色:平和/第3チャクラ(霊的側面:自分を評価する)  ☆オレンジ:エネルギー・平和/第2チャクラ(霊的側面:自尊心)

**23日**
この日も、イニシエーションの前にエネルギーワークを行った。
私は花(と、ついでに会場内で使うトイレットペーパー)を買いに行っていて、10分ほど遅れてしまった。
慌てて花を入り口の外において、室内に入るとすでにみんな椅子に座ってスタンバイ状態。
入り口近くの椅子にかけて、急いで準備を始める。
すぐに瞑想に入ろうすると、Reから次のように声がかかった。
「P寒くない? 入り口に近いから、後で寒く感じるかもしれない」。
そこで、持ってきていたクッションを取り出し、足の下に敷き、ひざに上着をかけて瞑想を始めた。
高次の指示の元、椅子に座って各自、エネルギーを流す。
その際、「心の中にロウソクの炎をみてください」と指示があった。
その炎がゆらめくさまをなるべくリアルに感じるように。そのときの自分の感じたものを覚えておくように。そして、炎は消えるがままにしておく。決してコントロールしようとしないように、と。

心の中にロウソクの炎を思い浮かべる。――太くて白いロウソク。炎がゆらめいているな、と思ったら、すぐに消えてしまった。コントロールしないように、と言われていたのに、炎が見たくて、またそのロウソクに火をつけてみる。
何度やっても、火はすぐに消えてしまう。
それでも、「もっと普遍の炎が見たい。もっと安定感のある炎が」と思い、目の前の映像ではなく、心の奥深く、潜在意識の中を“目”ではなく、“心の目”で感じるように見てみる。
すると、緑の飾りキャンドルが見えた。炎がゆらいでいる。しかも、しっかりと安定感のある炎。揺らめいているが、決して消えることのないように感じられる炎だ。
私はそれを見て、とても安心し、炎が消えてしまった白いロウソクと融合させることにした。
融合は成功。白いロウソクは、緑のロウソクと融合して炎が点り、安定して輝きだした。
その安定した炎のゆらぎをしばらく“目”で楽しみ、堪能したら、炎がふっと消えた。
消えた緑のロウソクをもって、もう一度、心の奥深くに戻り、「ロウソク棚」のような小さな観音扉のついた木製の箱に融合したロウソクをしまい、戻ってきた。場所は、胃のある辺り。第3チャクラのある場所。

その間も高次からエナジーの調整が入っていたのか、しばらくすると、お腹と首が反るような軽い変容が起こった。が、椅子からずり落ちるほどではない。
このところ、変容にも慣れてきたので、以前よりは「委ねる」状態でいられる。
「軸を保って委ねる。身体を神聖さに明け渡す」。そう思いながら、エネルギーワークを続ける。
約40分程度のエネルギーワークの最後の方は、意識はあるが、身体が思うように動かない状態。
ほっぺたの左側、目の下あたりが痒くなったが、意識はあるのに、膝の上に置いた手が思うように上がらない。
「痒いなぁ」と思いながらも、「痒いのは幻想だ!」と思いつつ、やり過ごすという一幕が。その同じ状態が2度も訪れた。
途中、第6チャクラが熱くなり、終わった後も、そのあたりがボワーッとした感じで、しばらく重かった。
エネルギーワークが終わった後で、私が買ってきた花(ピンクのチューリップ)を一つ、高次が誰かのエナジーの調製に使わせてもらったよ、と
Reから声がかかった。

終わった後で、Reからみんなのエネルギーワークについて、次のような言葉があった。
エナジーを流す際に(自分の中から)出てくるものの再生がうまくいっていない。つまり、リサイクルができておらず、それが自分のオーラの中でぐるんぐるんなってる(回っている)状態だと。
なので、エナジーワークを終える時、自分の中から出てきたものを全て捨て去る。それから、(余分な)エナジーを下に流すとよいと。
自分の中から出てきている、つまり出そうとしているのに、手を離していない状態であると。

また、瞑想においてこの「火」を使うことについて、次のような説明がReからあった。
自分でエナジーワークをするときにも「火」を用いるとよい。「火」というものは、自分の内なるもの、神聖なもの、その時の自分を写す鏡になってくれる。メッセージがあるのではないか、ということを確認したり、その「火」に何かを案内してもらったりもできる。たとえば、チャクラに関することなどを教えてもらうとか。
「火」自体がどうであるかというより、むしと、その「火」に対して自分がどう反応するかを見る。「火」はいつも変わらない。それを自分がどう感じるかを見る。
でも、あくまでも映像をコントロールしたりしないこと。自分がどう感じるか、どう見るかが大事。
この「火」を日常のエナジーワークの際に、時々用いればよい。


その後、スピカフェの際に、みんなのエナジーワークを見ていたToから、「みんなの状態がどう見えたか」についてシェアがあった。
このシェアについては、「Toが言う言葉を聴いて、自分がどんな反応をするかをよく見ておくといい」とReからアドバイスがあった。
Toから「顔に影がかかっているように見えた」と言われ、私は、そういえば、瞑想中にほっぺたが痒かったことを思い出して、それを話した。
するとReから「顔の意味を調べてみたらええよ。どのへんが痒いかをみたらいいよ」とアドバイスをもらった。


【エッセンス】
花:花がまだ蕾なら、順調な成長と美と成就に向かっているサイン。目標の達成。偉大な達成を成し遂げる時。正しく評価すること。
トイレ:取り除くこと。不必要になった過去の体験を浄化すること。→トイレットペーパーは、その浄化作業を完結させるために必要なツール。
遅れる:チャンスを逃すこと。自制心に欠け、責任感のない人。時間は絶対不可欠なものです。心の準備をしてください。
寒い:寒い、または冷たく感じる時は、感情とフィーリングを温めましょう。自分にも、他人にも鈍感ではいけません。
戸・ドア:自分を見つけるためのチャンス。戸が開いていたら、そこを通りましょう。閉まっていたら、前進を阻んでいる恐れや障害が何かを調べましょう。
膝:あなたを支える組織。もっとしなやかさが必要です。
脚:この世の基盤。動機付けをして能力を活かすと、さまざまな課題にめぐり合えます。維持するための機能、または、地に足をつけて留まる能力。左足はエネルギーを受け取ることを、右足は与えることを示します。
ロウソク:心の内側の光。どの霊魂にも光があります。また、その心の光の度合いによって、ものごとを明確に見る能力が備わっています。あなたの実在である、真の本性は光です。気づきが、輝きの度合いを決めてくれます。
白:真実、純粋。
緑:治癒、成長。/第4チャクラ(霊的側面:自分を愛すること)
棚:アイディア、または何かを保留することは、今のところ適当ではありません。
顔:見たことのない顔は、あなたの未知の部分を表します。あるいは状況を直視すること。自分を隠してはいけません。霧で覆われたような、はっきりしない顔は、ふつうは教師を表します。
皮膚:被うもの。環境。あなたが社会に向けている外面。心の奥の精神的霊的価値を見なさい。感情・感覚の目安。肌にむしずが走るように。内側と外側の実態を互いに入れ替える。ポイント。橋。
かゆみ:抑圧。もっとあなたの気持ちを言葉で表しましょう。
ピンク:愛
影:ついてくるのは、恐れ。幻影。自分の未知の部分。影と向き合いましょう。そして、影が示す自己洞察力を理解できるよう、影と仲良くなってください。

【リーディング】
イニシエの前のエネルギーワークは、いわば「受容の前の浄化作業」。それを前にして、「目標の達成」「浄化完了のためのツール」を手に入れるために出かけ、必要なものを手に入れたが、戻るのが遅れた、つまり心の準備が間に合わず、チャンスを逃しかけた。が、皆に待ってもらって、なんとか浄化作業を始めることができる状態になった。
その際に、スピリットから「前進を阻んでいる恐れや障害が近くにあるので、それが何であるかを調べ、感情とフィーリングを温めましょう」と促しが入った。私はそれに応えて、自分を支える組織を保護し、地に足をつけ、エネルギーを受け取る準備をしっかりと整えた。
高次の促しにより、自分の心の内側を見てみる。
しっかりとした真実の(本当の)自分が居るのに、その存在が揺らいでいる。顕在側から見ると、すぐに消えて(見えなくなって/目をそらして)しまう。
顕在は本当の自分を見たいと思いながら、目を瞑り、見えなくしている。そして、それを「在るがまま」ではなく、顕在の「理想の形で」無理やり見ようとしたり、見えたふりをしようとコントロールにかかる。
それでも無理なので、あきらめて、目を閉じて心の目で見てみると、「第4チャクラ=自分を愛すること」の中に本当の自分の姿が見えた。
その姿・存在に喜びを感じて、先の「見えなくなっていた」本当の自分と融合させると、その姿は安定して輝きだした。
その後、それが適当でないにも関わらず、「自分を愛すること」を「自分を評価すること」という古い価値観の中にしまいこみ、よいことだと信じている。
あなたは、霊性(本当の自分/女性性)を抑圧しています。その抑圧に気づきながら、顕在はそれを解消することができずいます。本当の自分を恐れで隠しています。本当の気持を解放し、状況を直視しましょう。
高次の自己は、あなたに向かって「あなたが目標を達成することや、あなたの愛は、あなたのエネルギーを調整することに使いましょう」と言っています。

【学び】
私の前進を阻んでいるもの。それは、「自分を評価する」という古い価値観。「愛すること」を「評価すること」と取り違えている。その評価が低いので、女性性は抑圧されている。その事実を受け入れ、評価をやめて、前進しましょう。

・・・・・・・・・・・・・
スピカフェを挟んでイニシエ。
申し込み者5人が、頭を寄せて、五角形になって横になる。
高次が、サポートの3人に指示をして、花の茎と葉をとっている音が聞こえる。
高次がエナジーの調整に入るとすぐに、変容が起こりだした。
お腹が歩コンポコンと動き、時々、首が反り、膝が上がるほどお腹が反り、呼吸が乱れ、また収まっていく、の繰り返し。しばし続く。
サポートが発する「オームオーム」の声が聞こえてくる。
隣で横になっている人を高次とサポートが囲んで、調製を行っている間も、変容を繰り返す。
高次が私の頭の方に来て、サポートの人が回りに座る。
途端に、変容が激しくなり、首が反るというより、仰け反る感覚。
膝は曲がる、お腹は反る、胸も反る、首は仰け反る、で、まるで逆にされた尺取虫のように身体がエナジーに反応する。
その間、「軸を保つ。身体を明け渡す。委ねる。私は媒体(パイプ)…」を心の中で繰り返しながら、何度も軸を確認した。
そのうち、背中が反るでは収まらないほどの強い力に引っ張られ、お腹から(!)起き上がった。
首はぶらんとなったまま後からついてきたから、あまりにもびっくりして目が勝手に開いた(というより見開いた)。
まるで、「操り人形がお腹の線を引っ張られて起き上がった」ような状態。
呼吸もヒーヒーいっていたが、どこか冷静な部分もあって、自分の身体ながら、「人間の身体って、こうなるんだ」と感心する自分がいる。
背中側にも調製が入り、今度は力が抜けて、また元の仰向けの状態に戻る。
恐らく、全身を調製してくれたと思うが、特に印象に残ったのが、第3チャクラと、第6チャクラ、第7チャクラ。
こめかみあたりに指を置いて、しばらく調整してくれていたのが印象的だった。

**24日**
この日もイニシエを申し込んでいたが、前日、激しい変容をしたので、この日は私はお休みであることが告げられた。
イニシエのために、白い花が用意された。
エナジーワークの後、みんなで円を描いて座り、最初に、全員のエナジーの調製が高次によってなされた。
その後、この日イニシエを受ける人のエナジーがさらに調製された。
真ん中にRe/Ry、Mo/Yuペアが向かい合って、その周りを全員の円が囲む。高次の指示で「オームオーム」を唱える。
Mo/Yuペアが高次の指示で、みんなに花を投げ、また真ん中に戻る、というのを何度か繰り返した。

(24日分は、メモが希薄なため、記憶が曖昧なことをお断りしておきます)

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2008.01.12 Sat l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
自分が自分に嘘をつくときのことを考えてみる。
それは、「自分を愛する」行為とは真逆のことだから。


私が自分に嘘をつくとき、それは大抵“見栄をはる”“がんばっちゃう”という行動と共に出現する。

身体がしんどいとき、「辛い?」「ううんん、これくらい、どうってことない」
寂しいとき、「誰かに話をきいてもらったら?」「別に。慣れてるから」

これが、他人であっても同じ。
「大変だったんじゃない?」「そうでもないよ」
「代わろうか?」「大丈夫」

とにかく、自分を強く見せたい、できると思われたい、つまり「認められたい」という心の傷が背景にある。
弱音をはいたり、あきらめたりすることは、弱さだと思っている。
弱みを見せるということは、相手に認められないかもしれない、という恐怖をあおる。

「認められたい」のは、自分が自分を認めていないから。
自己評価の低さからくる。

家の中では、あまり褒められることがなかった。
なんでもよくできる兄がいたので、「できて当たり前」だったのだと思う。
3人兄弟の末っ子だったこともあり、自分だけ“輪”に入れないシーンも多かった。
「あんたはまだ無理」という台詞に、何度歯噛みをしただろう。

いつも「私はダメな人間だ」と「そんなことはないはず、今に認めさせてやる」という思いの間を行ったり来たりしていたんだと思う。
そうこうしているうちに、自覚のないまま、自己評価はいつも低くなっていたのだろう。

でも、もうその古い観念は私には必要がない。
私は、在りのままの私に価値があることを知っている。
自分を心から愛している。認めている。

だから、この古い観念に囚われて、また自分に嘘をつこうとしたら、思い出そう。
「見栄をはらなくていいよ。よくがんばってるよ。差し伸べられた手をとろう。助けを呼んでもいいよ。」

立ち止まったり、時には後退することも、弱さじゃない。
それも含めて、自分の成長。在りのままの自分。


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2008.01.10 Thu l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
ラブスピース 12月シップ活動《中間のラブカードセッション》からの学び

☆シップ活動とは→http://lovespeace-ashram.seesaa.net/article/65466683.html


今月は、シップに対しての意識が甘く、うまく活用しきれなかった。
「シップをやらなきゃ」という思いで臨んでいたことが原因だと思う。
その現れとして、中間のラブカードセッションができたのは、Suさんとは29日の夜という年末も押し迫ってから。
また、Yuさんとは結局、時間が合わず、中間のセッションはできずじまいだった。
これは、お互いの「時間がないねん(時間が不足)」という思いが引き合ったのだと感じた。
Suさんとのセッションでは、私は「パートナーシップ」についてのエッセンスをみてもらった。
カードは、「日常の探求を」と促してくれていた。女性性の思いを探求という形で男性性が体現すること。
そう。12月はほとんど探求できていないも同然の状態だったものね。
Suさんは「変化の受容」という点で二の足を踏んでいるように感じられた。
これはまた、自分ごとでもあるな、と強く感じた。

本日の自分へのメッセージ→「探求は実際にやってこそナンボやし」

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2008.01.06 Sun l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
風邪をひいた。久しぶり。1年ぶりぐらいじゃないだろうか?
昨日はどうしても出社する必要があり、敢行。会食までして、よけいに悪化した模様。。。夜は早々にベッドに倒れこみ、本日はおとなしくお家で休養中の私。
ひどい咳と喉の痛みに苛まれながら、3日の出来事が頭をよぎる。
そうだよなー。予見されてたよなー。と。

1月3日の夜は、Re宅にて行われた、Toちゃん発案の“お茶会”に参加した。
Toちゃん持参の六花亭のお菓子をいただきながら、柳桜園の初釜用のお抹茶とスーパーのを飲み比べ♪
先のお茶はさすがに、ダントツにおいしうございました。(笑)

さてさて、ここで起こったほんのささいなやりとりが、いまの自分を省みる材料になるとは、その時は想像もつかなかったか?
いやいや、じつは、この具現があった瞬間に気がついた。「あ、なんかやってしまったな」と。


【具現】
お茶会の参加者は全部で12人ほど。長い机を囲んで、各自お茶を飲んだり、お菓子を食べたりして寛いでいる。
机の一角に“御点前”コーナーがあり、Toちゃん指導の元で、各自が自分用のお抹茶を点てるという趣向。
私はその日、まともな食事をしてなかったので、とてもお腹が空いており、スーパーに寄ってカツサンドを購入し、ちょっと遅れて会場入りした。
すでに何人かがお茶を点て終え、次に点てる人を決めようとしていた時、Reから「P、お茶点てる?」と声がかかった。
私はその時、夢中でカツサンドにかぶりついている途中だったので、「後で」と返事をして、その誘いを断った。


【エッセンス】
茶:励ましとなるもの、リラックス。社会的相互作用(互いに相手の意識や行動に影響を与え合うこと)。精神を集中させ、他人と分かち合うための作法。ひと休みしましょう。
緑:癒し、成長。/第4チャクラ(霊的側面:自分を愛すること)
Re:内なる自己・スピリット
カツサンド(豚肉に卵・パン粉の衣をつけて揚げたものとキャベツの千切りを薄いパンで挟んだ食べ物)
豚:あなた、または他の誰かはとても貪欲で、分け合うことをしません。時間、エネルギー、金銭、他の何についてもそうです。他人の得た信頼を自分のものにしてしまうこと。
卵:閉じられています。制限された現実に住んでいます。あるいは、発芽の用意をしている、新しい生命の種子。
パン:有効。私たちはみな、神の身体の一部であるという気づきのうえで、他の人と交流すること。身体は神の住む神殿です。人生の途上で助言を与えてくれるもの、つまり無意識に対する気づきを通して、人生の課題を学ぶプロセス。瞑想はあなたの内なる神との交流で、あなたの生命の糧となるものです。瞑想をすると万物との一体感を実感することができるでしょう。
油:潤滑油、健康的な影響。エネルギー。
キャベツ:野菜:蒔いたものを収穫すること。身体の中のバランス、健康によいもの。
食べる:心、身体、精神、いずれにも栄養が必要です。


【リーディング】
あなたは、顕在の自分にばかり時間やエネルギーを使い、内なる自己とそれらを分け合おうとしていない状況をリセットしようとしています。その最中に、内なる自己・スピリットから「聖なるリラックス」をすることを勧められていますが、顕在の都合でそれを後回しにしようとしています。(後回しにしないで、聖なるリラックスのために時間を分かち合いましょう)


【学び】
分かち合おうとしていないのは、「自分の内側の話だ」と強く感じた。年末・年始と、限りある時間のほとんどを顕在のために使った。一度も日記をアップしていない。京都に帰ってからも、朝方まで部屋の片付けをして、身体はくたびれ果てていた。そんな中で、どこかでうつった記憶もないのに、突然、風邪を引いた。喉は痛いが、熱はもうない。つまり、外出するのは憚られるが、こうして日記をアップするには差し支えがない、という状況。お茶を飲みながら、日記を書く。まさに「聖なるリラックス」。

「分かち合い」。内なる自己と顕在で分かち合うものがたくさんある。肉体もそう。いままでこの肉体を、顕在の奴隷かのように扱ってきた。酷使し続け、言うことを聞かなくなる度に、罵声を浴びせ、鞭を打った。
ここまで書いて、自分の内側で解放が起こった。おおいに泣けた。私は自分の肉体に対して、なんて長い間、酷い仕打ちをしてきたのだろう、と。
ごめん。いままで、本当にごめんなさい。
身体は自分自身の宮殿だ。その宮殿がいまここに在ることへの感謝の念など、みじんも感じてこなかった。
在るのが当然だと思ってきた。そして、この部分が気に入らない、なんでこんな体質に生まれついたんだろう、と、文句ばかり言ってきた。
自分の肉体を褒めたことがあるか? その存在・働きに感謝をしてきたか?
否。否。
私にとって、大きな不全のテーマ「傲慢さ」。
「何についての“傲慢さ”を手放したらいいか。その根本的なエッセンスはどこにあるのだろうか。」と、常々考えてきた。
その答えがここにあった。
自分自身に対する傲慢さ。やはり、内側の問題だ。

私は私に感謝する。
私の魂に感謝します。私の肉体に感謝します。私の顕在に感謝します。
この世に生まれて、こうしていま在ることに感謝します。
ありがとう。



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2008.01.05 Sat l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
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