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3/26/2007 2:40 AM
3/24/2007 11:39 PM

二晩かけて(実際にはもっと)、
やっとイニシエの肝の部分を書くことができた。
思い出しきれない部分や、経過が前後してるような気もするけど、
どうしてもこのイニシエだけは、詳細に書き留めておきたいと思った。
公にするには、リアルすぎるけれど、
私にとって、かけがえのない真実。
シェアしていただければ嬉しいです。

そしてやはり、この日記を読み返すにつけ、
すべての存在に感謝せずにはいられない。
ありがとう。
本当にありがとう。

・・・・・・・・・・・・・・・・

スピカフェ&新月のイニシエーションの夜。
19:30を少し過ぎて到着。
部屋に入ると、龍さん、蓮さん、ムーミヤの3人のみ。
「あれ? 今日はこんだけ?」「これだけ」。
そんな会話が交わされた後、スピカフェに参加。
仕事の話、沖縄合宿の話、翌日にdozenとムーミヤが行くというエジプト展の話などなど、いろんな話をする。
そのたびごとに、「わかってますよぉ~…」と苦笑いすることしばしば。
霊的な視野に立たなくても、自分を取り巻く環境が、もっと濃く、真摯に、
スピリチャルな生き方を実践するように、と示している。
だのに、なかなかそれができない私。
Dozenやスピ仲間と直接話しをすると、なおさら、その思いが強まり、
「わかってるんだけど…」と言い訳をしたい気分になる。
ここのところ、同じパターン。つまり、足踏み常態ってことか。

1時間ほどして、蓮さんがエネルギーが上がってきたと言う。
そのエネルギーの特徴を感じながら、蓮さんが「?」という顔をして龍さんを見る。
「何? 誰?」
どうやら、いつものパターンとは違うイニシエらしい。
テーブルを動かし、蓮さんが横になり、スタンバイ。
そのうち、今日のイニシエでは、私の過去生についての話をすると告げられた。
私のインチャとも、スピリットのクセとも関わりがある事柄だという。
いろんな想像が頭を巡り、いろんな思いがこみ上げて、脈が早くなる。
「受け入れられるかはあなた次第」
そう言われて、心を落ち着けるように努める。
「私は、いかなる霊的真実、自分の過去も、受け入れます」
そう心の中で唱えて、呼吸を整える。
横になった蓮さんの手を握り、プラーナ呼吸を続ける。
蓮さんに降りた高次(ヴィーナスかな? 誰かな?)が、イニシエについて語る。
「あなたの過去生を見せます。3世代前です。言葉で語ることもできますが、
あなたには、それを目で見る必要があります。その方がいい。あなたは、それがスムーズにいくように協力してください。ここまでの状況、わかりましたか?」
正確ではないが、そんなことを言われたと思う。
なんだか舞い上がってしまって、結局、龍さんに再度、状況を説明してもらい、いよいよ過去生との対面を待つ。
蓮さんの中に私の過去生が降りてくるのを待つ。
蓮さんは、激しい息遣いで、おなかを反らして変容に耐えてくれている。
時折「うううう」と低いうめき声。
3世代前の私はなかなか出てこない。
「私の恐れが原因かもしれない」。
そう思って、瞑想を続ける。
「大丈夫、リンダ。大丈夫だから。何があっても私はあなたを受け入れる」
自分のインチャに語りかける。私は大丈夫。
右半身の背中が重く痛くなる。リンダの恐れなのか。顕在の私の恐れなのか。
しばしその状態が続き、ある瞬間に、すぅーっと、背中が軽くなった。
まるで、繋いだ手を通して、私の中の一部が、蓮さんの中に入っていくような感覚だった。
しばらくして、高次から蓮さんを通じて、「姿勢を正して」と言われる。
続いて「白い呼吸をしてください」
「ローズピンクの呼吸」
その後は、ブルーだったか、よく聞き取れなかったが、
ともかく、呼吸に意識を向け、集中する。
再び、激しい変容状態になる蓮さん。身体の反り方が尋常じゃない。
私の過去生は、よほど抑圧されていたのか、なかなか言葉が出てこない。
「ああ。私のためにごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
10分ほどもその状態が続いて、変容した蓮さんの口から声が漏れた。
ほとんど呻き声のような悲痛さ。
どんなに、どんなにつらいことがあったのか、と思わせる苦しそうな声。
「見える」「うぅう…」
「ううぅ…」
泣きながら私の過去生が嗚咽しながら声を振り絞る。
言葉が続かない。
龍さんの顔を見ると、「安心させるように声をかけて」と言われて頷く。
「何が、何が見えるの?」
手を強く握って、耳元に語りかける。
「見える…」
「何が見えるの? 何が?」
「見えるのにぃ~…ううぅ…見えてないと言えと言われる~うううぅ」
「うわぁあああああ~」
慟哭しながら、私の過去生は語った。
シチュエーションなどの説明はなかったが、私には、その過去生は14歳くらいの少女に思えた。
アジアのどこかの国。文化的な街の中の通り。強い日差しが差し、乾いた土ぼこりが舞っている。
少女は白い貫頭衣かサリーか、ローブのようなものを纏い、足にはサンダル、頭には白い被り物。
黒い髪、くっきりと強い意志を示した眉の下には、黒いアーモンド形の瞳。
その瞳が見ているのは、壁の向こうの建物。いや、その建物の中に在るだろう営み。
壁は寺院と外を隔てるもののようだ。壁の中では、黄色い僧衣を着た人たちが祈りを捧げている。
少女は、その壁の中に入りたいと言う。
あの中に行きたいと。何度も何度も言う。行きたい、行きたいと。
恐らく、寺院の中には、男性しか入れないのだろう。
それだけではなく、信仰に身を捧げる僧侶には、男性しかなれないのだろう。
少女に見えていたのは、信仰の道。霊の道。真理だったのだと思う。
その入口になるはずの寺院にさえ、自分は入ることを許されない。
そればかりか、周囲はその“気付き”さえ、奪おうとする。
それは、おまえが目指すものではない、見るべき道ではないと。
本当の自分を否定される、凄まじい悲しみ、辛さ、恨み。
私は思わず、「行こう! 私と一緒に行こう! 私が連れて行くから!」と叫んでいた。
少女の口から、強い口調で低い声が響いた。
「誰も認めない!」
 「私が認めるから!」
「誰も受け入れない」
 「私が受け入れる」
「誰も協力しない」
 「私が協力する。必ず、必ず、行くから~ぁぁぁああああ~」
最後は、私が慟哭し、少女は穏やかになっていった。
私はしばらく、蓮さんの胸で泣き崩れていた。
蓮さんの手が私の頭をなでていた。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
言葉に尽くせぬ感謝の思いがこみ上げてくる。

私は少女に誓った。必ず過去生も含めたスピリットと共に、霊の道を歩むと。
それは、この道に進むことに恐れ、戸惑いや躊躇いをもっている私の背中を押すための儀式だったのだと思う。
どんなに迷っても、どんなに苦しんでも、どんなに恐れても、私はあの時、自分自身に誓ったじゃないかと。
それを思い出すためのイニシエーションだった。
設定やビジュアルは、私が作り出したものかもしれない。
でも、時間が経っても、あの時の少女の瞳を忘れることはできない。
真理の道を自らの力で歩めないその無念さを。
私には、どんな言葉で語られるよりも、強烈なインパクトとして記憶に焼きついている。
最初に、「見る必要がある」と言われたのは、このためだったのだろう。

最後の会話の時、明らかに蓮さんの発する声のトーンが、少女と違っていた。
「誰も認めない、誰も受け入れない、誰も協力しない」と言ったのは、
高次かもしれない。
それを否定するひと言ひと言が、自分への誓いとなった。

この先、私が恐れに出逢ったときの“御守り”。
それを、この日、私はもらったのだ。

でも、その時、私が本当に見るべきものが、「少女の無念さ」だけでないことを、
直感的に感じていた。
もっと、大きな意味。広い視野で見るべきことがある、と。

「広い視野」
それは、「チャクラクリーニング」という言葉とともに、
すでにラブカードセラピーで、私に渡されていたエッセンスだったのだ。

つづく
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2007.03.26 Mon l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
3/20/2007 12:37 AM
まずは、今日という日に感謝の言葉を捧げたい。
この機会を与えてくれた神と高次に、
そして、このイニシエのパイプとなってくれたdozenに、
そして、立ち会ってくれたムーミヤに、
そして、真実を語ってくれた私のスピリットに、
本当にありがとう。
私はいまとても幸せです。

3月19日、新月のイニシエーションに出かけた。
約2カ月ぶりのスピ活動。
平日で、仕事もあって、しかも、結構、抜けるには難しい日程だった。
でも、私には、この日でないといけない理由があった。

3月からスタートした、シップ活動の最初、
ラブカードセラピーで、エッセンスを得た。
が、これが、いまいち、わかるようで、わからない。
わからないというより、クリアでない。
得たエッセンスは、
「男性性の機能不全をいかに克服するか」
右 男性性 31
左 あるがまま 41
さらに、それをわかりやすくする糸口として
「女性性をあるがままの状態にするために、必要なもの」
右 チャクラクリーニング 50
左 広い視野 48 
「チャクラクリーニング」という言葉を得たときに、直感的に、カレッジだ、と思った。
急いで、レッスンの予定を見る。
10日・11日→仕事だし、カレッジは札幌だし、ダメ
17日→仕事はなんとかなりそう、しかもぴったりのクラスがある! なのに、イニシエが満杯? せっかく行くなら、イニシエも受けたいしなぁ…別の日にしよう。
18日→ぴったりのクラスがある! イニシエも空きがある! でも、仕事でいけない!!
24・25日→仕事は入ってない! でも横浜で、ダメ
そんなわけで、19日(月)。
仕事だし、抜けにくい日程だけど、なぜか、「この日に行くように促されている」と感じた。
早速申し込むと、すんなりオッケー。
久しぶり。とても楽しみだ。
そういえば、「仕事についての思い」を決めて、初めてのスピカフェ&イニシエだ。
どんな展開になるのだろう。
行く前から、かなりウキウキしていた。

そして、当日。
ゆっくり起きた。起き掛けに夢を見た。覚えているシーンは2つ。

ひとつは、ゴミの夢。
女性が、何か大事なものを間違って捨ててしまったらしく、ゴミを追いかけている。
収拾車から、収拾所へ運ばれたゴミを追っかけて、その人は、ゴミの中に飛び込んだ。
ゴミに呑まれる女性。それを「ああああ~」と思いながら見ている私。
覚えているのは、その場面だけ。

もう一つは、赤ちゃんの夢。
私とパートナーらしき人が、赤ちゃん(男の子だった)のおしめを変えている。
覚えているのは、それだけ。

その時は、この夢の意味をそれほど意識していなかった。
ほどなく、出社。
かなり前々から、職場の皆にネゴをしておいたので、当日はすんなり、出てこれた。
新月のイニシエーションだから、花とキャンドルを用意しなくちゃ。
すでに、ハンドタオルを忘れたことに気がついた。あららら。まいっか。
花は「青」と決めていた。なぜかはわからないけど、今日は青しか浮かばない。
少し早めに出て、キャンドルを選びに雑貨屋さんへ。
いろんなキャンドルが在る中で、「青」が目に付いた。
「花も青だから、キャンドルも」。ぐらいの気持ちで、
濃い青い花が透明な水の中に浮かんだようになっているグラス入りのキャンドルを手に取った。
その後で、蓮の形をした、水に浮かべるキャンドルが目に入って、白い蓮もいいなあ、と思ったけれど、やはり、最初のものにした。
ついでにタオルも買って、次はお花。
白い小さな花と、青い小さな花を買おうと思っていた。
お花屋さんに行くと、白はイメージのものがあるが、青がない。
青は、まさに、キャンドルの中に浮かんでいたような、濃い青の小さな花がいいと思っていた。
ちょっとイメージより、薄いけれど、水色の花を見つけて買った。

おやつとご飯を買って、電車に乗る。
帰宅時間のピークらしく、電車は込んでいた。
つり革につかまりながら、外を眺め、心をクリアにした。
とても落ち着いた、穏やかな気持ちになってきた。いい感じ。
ふと、これから先の自分の進むべき道のことを考えた。
「セラピスト、ヒーラーになる」「そういうサロン的なものを開く」。
自分でもちょっとあほらしいほどに、計画性もなく、でもきっぱりと、そう思う。
「どうやって」とか、「いつ頃、どこで」という具体的なものは何もない。
なのに、なぜか、結論だけを得ている。確信している。
だから、仕事を辞めよう、と決心した。
その結果に至る過程が、ちっとも具体的に浮かばないので、
すっ飛ばして、結果の部分を想像してみる。
私が、想像するのは、「頭の中での思い(心)と、精神(霊)と身体がバラバラになってしまった人が、それを自らの力で在るべき形に戻すための手伝いをする」ということ。
そのためには、どんなスタイルがいいか。そのためには、私は何を学び、どんな技術を身につけたらいいのか。
電車の中に座っている人たちを見る。
ケータイメール(ゲーム?)に熱中しているお姉ちゃんやおじさんたち…。
マンガ本を読みふけるサラリーマン、眠る人、疲れている主婦…。
この人たちがセラピーを受けると想像する。
スピリチャルな真実のことを何も知らない人が、
「あなたは、自分の精神(霊)が欲していることとまるで違うことをしています。だから、身体にその不調が現れているんです。いますぐ、生き方を変えましょう」
なんて、突然聞いたら、信じるどころか、びっくりするだけだろう。
怒り出す人もいるだろう。
自分を否定された気になって悲しむ人もいるだろう。
気持ち悪がって逃げ出す人もいるだろう。
馬鹿馬鹿しいとその場を去る人もいるだろう。
そんな時、どうすればいいのか。
ハグしようか。いやいや、相手が男性だったら? まずいよな、それは。
伝えること、真実を伝えること、とても難しい。
伝え方がとても難しい…。
そこまで考えて、ハッとなった。
「伝えること。その方法を学ぶために、この仕事に就いた」。
そんな声のような、思いのようなものが頭に浮かんだ。
そうか。そうだったんだ。
すぅーっと身体と心に染み込んでいった。

「とても大切なことなのに、多くの人々に知らされていない事実、真実を、
私は伝えたい。そのことに関わりたい」
いつの頃からか、そういう漠然とした思いを抱いてきた。
なぜか、大学を受験する前に、卒論のテーマを決めていた。
「太平洋戦争におけるマスメディアの役割り」
つまり、マスメディアがいかに国民を煽動し、戦争へ加担させたか、
そんなテーマだったと思う。
伝えたかったのは、「隠された真実」だ。
まあ、それを書いて卒業すべき大学の学科は、見事に滑って、その夢は破れたけど(笑)。

志望校には受からなかったけど、巡り巡って、私は志望していたマスコミの仕事に就いた。
そして、巡り巡って、自分が心からやりたいと思う雑誌の仕事を、いま、している。
つらいこと、困難なこと、逃げたくなること、泣きたくなること、いっぱいいっぱいある。
でも、とても充実していて、楽しい。いまの仕事に誇りを感じる。
出逢う人、出逢うこと、それらはいつも新鮮で、感動に満ちている。
自分の知らない真実に出逢い、それを伝える。
雑誌にありがちな、「煽動」「ウソ」「おざなり」などとは無縁でいられる。
事実を、手を掛けて、丁寧に、在りのままに伝えればいい。
そういう雑誌なのだ。
そういう仕事であることが、10年続けてきた理由の一つでもある。
これはまさに、私の願いを叶えるひとつの形。
この大きな方向性に、何も不満はない。

でも、さらに私は欲した。
もっともっと大きな、物事の根源なる真実を人々に伝える、という選択を。
そういうことなんだ、といま、本当に思える。
電車に乗っていた時は、そこまで思いは至っていなかった。
でも、あのイニシエを受けたいま、真にそう思える。
それを受け入れるためのイニシエだったんだ。

「伝える方法を学ぶために、この仕事に就いた」。
その言葉を胸に、駅を降りた。
時間を見ると、スピカフェ開始の10分前くらいだった気がする。
階段を上りながら、なぜか「今日は歩いていくように」と頭に浮かぶ。
寒いし、時間ないし、なんでかしらん、と思いながら、
足が勝手に、歩いていくことを選択している。
私、ちょっとおかしいなと、内心クスクス笑いながら、暗い道を歩いてゆく。
歩くのが嫌いな私が歩いてるんだから(って、なんだか変な言い方だけど)、
なんぞメッセージがあるだろう、と思いながら歩いていると、
煌々と光る、クリーニング店の看板が目に飛び込んできた。
「クリーニング」!!
元々、「チャクラクリーニング」というエッセンスをもらっていたので、
思わず笑った。そのままやん!
次は何?と思っていたら、病院の前で「耳ツボダイエット!」。
ああ、不要なものを手放せ、ということか。
そう思ってると、ポツポツと雨。
しかも、たいして冷たくもなく、気持ちいいシャワーのような感覚の一瞬だけの雨粒。
「ああ、浄化!? イニシエーションの前の禊なの?」
そういえば、今日は新月のイニシエーションなのに、お月様が見えないなあ。
そして、一瞬、どこからともなく、花の香り。
私がいちばん好きな香り。沈丁花の花。
辺りを探すけれど、花の在りかは分からない。
この香りを嗅ぐと、心からほっとする。
ギフトだなぁ。祝福されてる。
そう思って病院の階段を下りると、暗闇にちらりと気になる物体が。
ふり返って見ると、モップだった!(爆笑)
お掃除お掃除。きれいにするぞ~!!
可笑しくて可笑しくて、一人でクックと笑いながら、暗闇を行く私。

こうしてふり返ってみると、今日のイニシエは、
すでに、何日も前から始まっていたのだとつくづく思う。
そう、きっと、私がやっとブログを開設し、シップ活動に参加した時から。
いや、布石は、もっと前に打たれていた。
あの時、初めてイニシエを受けた、あの時から。

つづく。
2007.03.20 Tue l 日記 l COM(2) TB(1) l top ▲
ラブカードセラピーをサポートしてもらった翌日、驚くようなことがあった。
(この内容については、後日、しっかりと探求したい)

ずっと引きずり続けてきた問題、
「いかに、仕事を辞めるという気持ちと向き合うか」ということ。
セラピーの中心問題も、これと関わりあることだった。

・・・・・・・・・・
翌日の日記から。

3/6/2007 5:57 AM
昨日、驚くような具現。
会社のアシスタントの女性がパニック症候群に。
自己内分裂というべきか。
心の声と頭の中の思いがずれ、身体に変調をきたした。
自分が進むべき道と、「周囲の期待に応えたい自分がすすむべき道」がずれて起こった。
私に助けを求めた彼女。状況をみて、すぐに事情がわかった。
なぜって、私を見ているようだったから。
彼女の置かれている状況を説明し、解決のヒントを伝え、自分の意思で決めるよう委ねる。

「期待や、申し訳ないという気持ちは、自分が勝手に作り出した幻想にすぎない」
「いちばん大事なのは、自分の心の声に従うこと」
「それを決めて、受け入れさえすれば、後の物理的なことは、ゆっくり進めてもいいんだよ」
「周囲は、そう判断したあなたを、祝福すれこそ、決して責めはしない」

そう言いながら、自分に自分で言い聞かせているような感覚だった。
いま、こうして、改めて自分が言ったことを書き出してみると、
まるで、そのまま、私へのギフトだ。

答えはいつも自分の中にある。
顕在は後からついてくる。

これまで頭でしかわかってなかったことが、心に染み入ってくる。
私へのギフトの時間、シチュエーション。

神の愛に感謝します。
そして、彼女へも。
本当にありがとう。




2007.03.06 Tue l 日記 l COM(3) TB(0) l top ▲
今日から、3月のシップ活動が始まる。
サポートする人、される人、から、早速メールをもらった。
のに、私はまだラブカードを準備できていない。

みんなは愛の交換の準備ができているのに、
私は遅れている…。
全然改善されていない、自分の状態。

とほほ。
改善改善!
実践するのだ。
2007.03.02 Fri l 日記 l COM(0) TB(0) l top ▲
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